神谷圭介の「それもまた画餅」Vol.2
コントグループ・テニスコートのメンバーである神谷圭介が、2022年に立ち上げたソロプロジェクト・画餅(えもち)。画餅という屋号は、「絵に描いた餅」ということわざをもとにした言葉で、「かわいい・滑稽・哀愁がある・想像や妄想する事の尊さ」という神谷オリジナルの意味が込められている。「それもまた画餅」と題したこのコラムでは、神谷が妄想力をフルに生かして、日常の中に潜む「それもまた画餅」と感じた事柄を自由につづる。今回は、5月に上演された「画餅 第4回公演『ウィークエンド』」を振り返る。 【舞台写真】5月に上演された画餅「ウィークエンド」の様子。 ロゴデザイン:神谷圭介 ■ 大宮の対義語は「カルチャー」 こんにちは神谷圭介です。テニスコートというコントグループでコント公演をしてきた者です。近年は“画餅(えもち)”という屋号で、舞台でコントと演劇の狭間を探りつつ映像作品にすることを目的に活動しています。 この第2回のエッセイの直前にもちょうど画餅の公演がありました。ですので今回はそのことについて書かせていただきます。 4回目になった画餅の公演、画餅「ウィークエンド」は昨今の世界からの影響が少し滲んだ作品になっていました。自分が世界全体からほんのりと感じる世紀末感と不穏さが入り込んでいたように思います。 インスタのリールにやたら流れてくる沢山のおばさま達がカメラ目線で「大! 大! 大!大! 大出世!」と声を合わせる動画を観て思いました。「世界終わるのかな」と。そんな日常のどこにでもある週末と終末感をテーマに作られたのが画餅「ウィークエンド」です。ある4つの週末を描いた短編集となっていますがそこはかとなく繋がっても見えるようにもなっています。 毎回そうなんですが、やはり今回の俳優陣も素晴らしかった。面構えやその並び、それぞれが混ざり合う妙がとても発揮された作品になったと思います。そしてこのメンツでなければ出来なかった新しい試みが自分としては出来た気がしています。 絵に描いた餅ということわざを漢字2文字にしたもの。それが画餅です。 今回の画餅「ウィークエンド」の最初のエピソードは地方のとある画塾が舞台となっていました。この作品の上演中に気になったある出来事がありました。あるなんでもない台詞に対して客席から異常に反応があったのです。 なぜなのか。それをここで想像し妄想してみたいと思います。 「画塾」の舞台は美大受験を控えた学生が絵を学ぶために通う予備校です。交流がまだあまりなさそうな生徒たちの様子を見て塾講師は、次の日の授業終わりに「打ち上げをしよう」と生徒たちに提案します。しかし翌日誰も生徒が来ないという事態がおこります。塾講師は妻に「こっちの子達はそうなの?」「大宮ではこんなことなかったからさ」と言います。 「大宮ではこんなことなかったからさ」 この台詞に客席から妙に大きく笑う反応がありました。 「なんだこの反応は?」そんな違和感がありました。 この作品は僕が以前取材した地方の画塾の先生の話から着想を得て創作したものです。その先生は埼玉の大宮にある美術予備校から郡山に転勤した経験があり、その経緯をそのまま脚本に生かしただけの台詞でした。 ここからは僕の想像です。 遡ること2ヶ月前。自分が出演した、GAG福井俊太郎君が企画・脚本・出演するコント公演、ひくねとコントサークル主宰「後輩が頼んだ中トロ 僕が頼んだツナマヨ」がユーロライブで開催されました。この公演には「ウィークエンド」に出演してくれた浅野千鶴さんも出演しています。 GAG福井君は吉本興業所属であり、大宮にある大宮ラクーンよしもと劇場をホームとして舞台に立っている芸人さんです。 かつての大宮ラクーンよしもと劇場は、吉本内で“島流し”にされた芸人たちが集まる劇場だったという話を度々聞いていました。 しかし今やそこから賞レース決勝に出て活躍する芸人さんも多くいます。GAG福井君もそのひとりです。 そんな福井君は、ひくねとコントサークル(以下ひコサー)を開催する劇場、ユーロライブという空間に異常なまでに怯えていました。 福井君にとってユーロライブはカルチャー色が強いおしゃれな劇場というイメージがあまりに強かったようです。確かにユーロスペースという文化的な映画館のビルに属していますし、演劇とお笑いの間を図るイベント「テアトロコント」や「渋谷らくご(シブラク)」という落語のイベントを毎月開催しているユーロライブです。普段、福井君がホームとしている大宮の劇場と比べて敷居が高いと感じるも仕方ないのかもしれません。 にしてもです。 「ユーロライブなんだから」 「大宮じゃないんだから」 福井君は口を開けばそう言っていたと思います。 ある日のひコサーの稽古場でのことです。急な暗転から明転した後どんな状態になっていると良いかと考えていた時のことでした。ジェラードンのアタック西本さんからある提案がありました。パンツ一枚の角刈りである西本さんが、同じくパンツ一枚で直立しているサルゴリラ児玉さんの股間に、頭部を密着させ、ケンタウルスの馬部分が逆側に生えているような形態模写をした後「ちんタウルス」と言いました。 その場では「いいですね」と言っていた福井君でしたが、翌日の稽古場で「やっぱりやめましょう」と言いました。 「これは大宮すぎます」 そう言いました。 「ちんタウルス」の「ちん」だけが平仮名表記なのかは自分でもわかりません。勝手にそう打っています。大宮の劇場では当たり前にやっていた「ちんタウルス」もユーロライブでは自粛する。それが福井君の判断でした。 また福井君は大宮の対義語として「カルチャー」という言葉も多用しました。 自分はテニスコートとしてコント公演をユーロライブで何度もやらせてもらっています。お笑い芸人でもなくユーロライブでコントをする人間。そして演劇界隈でも演劇とは思われていない、よくわからない人間です。そんな自分のことを福井君は「カルチャー」と一刀両断してくれたのです。 福井君は感覚的に言葉をうまく言い切る方です。 「そうか。自分はカルチャーなのか」と全てが腹に落ちました。 画餅は素舞台に最小限の装置でシーンを切り取るスタイルをとっています。観客が会話からその場の風景に想像を巡らせる余白を作りたいという意図があり、そうしています。 「ウィークエンド」の冒頭はデッサンを習う生徒たちのイーゼル(デッサンを乗せる台)と箱椅子が何もない中央に向けられて4つ並んでいます。自分でも流石にこれはかましているなと思う舞台装置でした。やり過ぎていないだろうか。そんな想いもありました。でもそんな自分の背中を押してくれたのは福井君からもらった肩書き「カルチャー」でした。 自分は「カルチャー」なのだからこれくらいやっても良いんだ。そう思えたのです。 そんな中起きたのが「大宮ではこんなことなかったからさ」への妙な反応でした。これは確実にひコサーのお客さんの反応ではないでしょうか。ひコサーには浅野千鶴さんも出演していました。特に浅野さんはひコサーでも大活躍でした。その繋がりで関心を持ってくれたひコサーのお客さんが画餅も観に来てくれたのではないでしょうか。ひコサーのファンはきっと大宮のファンでもあります。その人たちが「大宮」という言葉に反応した。思い切り「カルチャー」している最中にたまたま飛び出した「大宮」という対義語に反応したのではないでしょうか。 「ウィークエンド」をご覧になったかたはわかるかと思いますが、最後のエピソードで思っていたのと違うのにたまたま同じ台詞になる出来事がシナリオに描かれています。そんな偶然がリアルに「大宮ではこんなことなかったからさ」で起きていたのだと後から気付かされた次第です。 本当のところはどうかはわかりません。あくまで僕の推測です。ですが、これもまた画餅です。 そんな「ウィークエンド」の編集版映像が6月30日から配信されます。絶対に観てください。 □ 神谷圭介 プロフィール 千葉県生まれ。コントグループ・テニスコートのメンバーで、ソロプロジェクト・画餅の主宰。玉田企画、ブルー&スカイ、犬飼勝哉、東葛スポーツの作品や、NHK大河ドラマ「青天を衝け」などに俳優として出演するほか、マレビトの会の「福島を上演する」に作家として参加。ダウ90000の蓮見翔を作・演出に迎えた公演「夜衝」を玉田企画の玉田真也と共同企画した。自身が主宰する画餅の公演「別府画餅『モーニング』」が、6月21日から23日まで大分・別府ブルーバード劇場で上演される。ルームシェアをする2人の女性を描いた物語を含む、ショートストーリで構成された「モーニング」には、神谷のほか、青山祥子、上田遥、宇乃うめの、森一生が出演する。