久夛良木氏「リアルタイムコンピューティングの時代に」【TGS2024】
2024年9月26日、千葉・幕張メッセで東京ゲームショウ2024が開幕した。ホール1のイベントステージで行われた基調講演には、PlayStationの“生みの親”として知られる久夛良木健氏が登壇。1994年12月3日の発売から30周年を迎えるのを記念し、PlayStation誕生秘話やゲーム市場の今後の展望について語った。 【関連画像】久夛良木健氏 PlayStationの“生みの親”として知られ、現在はアセントロボティクスCEO(最高経営責任者)、近畿大学情報学部教授の久夛良木健氏は、「PlayStation」(PS)の開発のため、1993年に100社近いゲームソフトメーカーを訪問した際に、「完璧な塩対応を受けた」と振り返った。 ●プレステ構想にはどこも“塩対応” 「今でも残るような素晴らしいソフトがたくさん出ており、我々はそれらに敬意と愛情を持っていた。このテクノロジーは20年、30年、すごい勢いで進化するはずなので、その進化をみんなで引っ張っていこうという熱い思いがあった。(PSの)プロトタイプを作る前に、こんなことをやろうとしているという話をしにいったら、全員塩対応だった」(久夛良木氏) 当時はまだ「ゲーム機=玩具」。家庭用ゲーム機は産業界で使い古された部品を使って子供の手が届く玩具として流通させる形でスタートしたため、「誰もがゲームの未来ってそんなに急に変わらないと思っていたと思う」と久夛良木氏は語る。 現在は4K(3840×2160ピクセル)もの解像度の映像がリアルタイムで動くゲームが当たり前だが、当時の処理能力は段違いに低かった。 「当時ハリウッドでは特撮を使った映画が出てきたが、1台数千万円するワークステーションをベースにノンリアルタイム(レンダリング)で映像を作っていた。今はないシリコングラフィックス(SGI)のワークステーションを使い、2時間の映画を作るのに1~2年間、延々とレンダリングして制作する。それが、多少精度が悪くてもリアルタイムに動くなんて誰も想像していなかった。 当時はCD-ROMに映像を焼き込んで、それをめくる紙芝居的なものがせいぜい。だったらリアルタイムで動くコンピューターを世界で最初に我々が開発してみようというので、PSのプロトタイピングが始まった」(久夛良木氏) 塩対応から潮目が変わったのがナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)の好反応だった。 「ナムコでアーケードゲームを開発しているチームにプロトタイプで作ったビデオを見せたら、『リッジレーサー』などを作っているチームが身を乗り出してきた。『これをアーケード基板にした方がいい』という反応だった。アーケード基板のコストが下がるし、アーケードで作ったソフトがそのまま家庭用ゲーム機に入る。ほとんど“全乗り”しますという感じだった。当時、ナムコでも家庭用ゲーム機の開発をしていたが、全部キャンセルしますとなった。これがきっかけで、一部のソフトメーカーの中で『とんでもないことが起こりそうだぞ』という流れになってきた」(久夛良木氏) ●ライブラリの公開でゲーム開発が加速 久夛良木氏は、当時のゲーム開発の常識を覆し、今に続く開発環境を生み出したと語る。 「当時ワークステーションに使っているようなプロセッサを使ったり、シリコングラフィックスだけが導入していたジオメトリーエンジンや座標変換エンジンを載せた。プログラムはそれまでアセンブラで作っていたが、C言語に移行してもらった。マニュアルをたくさん作り、光源のためのライブラリやセットアップのためのライブラリなどを、今でいうGitHubのように共有した。ゲームエンジンの前身となるカーネルなども提供した」(久夛良木氏) 久夛良木氏は、ナムコと共同開発したソースコードを公開して共有した開発秘話を初披露した。 「ナムコがリッジレーサーを開発したが、当初は車1台動くのやっとだった。秒間30コマどころか全然動かない。それをナムコと我々が一緒にチューンしていった。どこがボトルネックなのか、こうすればいいんじゃないかとやっていくと、30コマで動くようになり、背景ができて倍の60コマで動くようになる。そこで、僕らが(一緒に)ここまで追い込んだんだのだから、このライブラリをみんなで公開して共有しようとナムコにお願いした。当初はびっくりされたが、ナムコも自信があったのだろう、共有させていただけた」(久夛良木氏) ライブラリを共有したことで生まれたのが、PS発売直後に登場したヒットタイトル『闘神伝』(タカラ)だと久夛良木氏は語る。 「『バーチャファイター』では折り紙のような3Dだったが、(『闘神伝』の主人公)エリスも地面にもテクスチャーが付いている。それを作ったのは7~8人の開発会社で、開発期間は数カ月だった。あれで皆さん真剣になった」(久夛良木氏) ヒットタイトルが出てくることがゲームクリエイターを刺激し、意欲的なゲームタイトルが数多く登場したと久夛良木氏は述懐する。 PSからPS2、PS3と、新機種が出るたびに処理能力が大幅に向上し、「家庭用ゲーム機がワークステーションを超えたすごい表現能力を手にした」(久夛良木氏)。 「そこで子供のためのゲームだけじゃなく、大人が遊びたいゲームを皆さんが作るようになった。PSでできるならPCもできるということで、私の後輩たちはPCとの融合をどんどん進めていった。PS4が出て、大人が自分のために作って楽しみたいエンターテインメントに進化し、市場が急拡大していったのが直近の状態だと思う」(久夛良木氏) こうして市場が拡大した結果、「23年にゲームのソフトだけで28兆円まで拡大した」と久夛良木氏は語る。 「音楽や映画、テレビを、皆さんが制作されているゲームソフトが金額で抜いた。一緒にここまでけん引してきたゲームソフトメーカーの皆さんと、ゲームを愛するプレーヤーの皆さんに熱く御礼を申し上げたい」(久夛良木氏) ●今後はリアルタイムコンピューティングの時代に 今後のゲーム、コンピューターエンタテイメント業界はどうなっていくのか。久夛良木氏は「リアルタイムコンピューティングの時代になる」と語った。 「我々はビデオゲームからコンピューターエンタテイメント、その次にリアルタイムコンピューティングに向かおうとしている。そこにゲームシステムやファンタジーなどいろいろなものが融合してくると、あらゆるものが計算可能になる。 今日この前にいる方(来場者)はリアルでお会いしているが、そんなに遠くない将来にこの感覚をリアルタイムにネット越しでできる可能性もある。(ビデオ会議システムの)『Zoom』や『Teams』はまだパソコン創世記のようなイメージだが、そこにAI(人工知能)が入ることでさまざまなインタラクションができるようになる。さらにここからものすごい勢いで進化していくと思う」(久夛良木氏) 今まさに映画『2001年宇宙の旅』の世界が実現しようとしていると久夛良木氏は語る。 「2001年宇宙の旅では並列コンピューティングや音声認識、ビジョンシステムなどが描かれていて、今はそれらをすべて実現している。モノリスというAIが出てくるが、最終的に“超人類”ができるという流れになっているが、まさに今そこにいる。人間とAIが融合する時代が恐らく来る。数十億人の人間が別々の脳を持っているのと一緒で、AIはそれぞれに個性を持っててもいいと思う。そういった時代がきっと来ると思っている」(久夛良木氏) 久夛良木氏はゲームクリエイターに向けて次のようなメッセージを述べた。 「皆さんの今のチャレンジはいろいろな意味ですごすぎる。イマジネーションもすごいし、今は知識やノウハウなどを瞬時に共有できる。それによって多分、時間軸が加速すると思う」(久夛良木氏) 最後に久夛良木氏はゲームファンに向けて「これから皆さんが未来作るんですよ。楽しみにしてます!」とメッセージを贈った。 (文/安蔵 靖志、写真/木村 輝、安蔵 靖志) なお、日経クロストレンドでは「東京ゲームショウ2024特設サイト」を公開中です。ぜひ、ご覧ください。 ・日経クロストレンド「東京ゲームショウ2024特設サイト」 https://xtrend.nikkei.com/sp/tgs/
安蔵 靖志