電力自由化が引き起こすのは停電? 英国の事例から学ぶこと
4月からの電力自由化で、新規参入小売各社のPR合戦が佳境を迎えています。電力自由化で日本の電力事情はどのように変わるのでしょうか? 主要国のうち、いち早く電力自由化を実施した英国。英国の自由化開始から現在に至るまで、電気料金や小売企業数、供給事情などに、どのような変化をもたらしたのでしょうか? また、開始前には予測していなかった問題点などについて、国際環境経済研究所・所長の山本隆三さんが解説します。
いち早く電力自由化に踏み切った英国
1979年に英国の首相にマーガレット・サッチャーが就任しました。サッチャーは様々な規制を緩和し、市場に任せることにより効率化を図る政策を採用します。対象となったのは鉄道、ガスなどですが、第二次世界大戦後の47年に国営化された電力部門も自由化と民営化の対象になりました。主要国のなかで英国は最も早く電力自由化に踏み切ります。電力事業は、発電、送電、配電、小売の4部門に分けられますが、送電と配電の設備は一つあれば十分なので自然に独占が成立します。競争環境を導入し、価格の引き下げが可能になる部門は発電と小売になります。 83年に発電部門の自由化の試みがなされますが、成果はほとんどありませんでした。86年に英国政府はガス部門を民営化しますが、独占事業であることは変わらず競争が生じなかったため批判を浴びます。90年に政府は発電事業などを行っていた公社を分割し、民営化することにより競争環境を作り出そうとします。同時に約5000の大口需要家に対する小売も自由化します。小売の自由化は94年に5万の需要家に広がり、99年に全需要家が対象となります。日本と同様に小売の自由化の範囲が徐々に広がったわけです。
英国の電気料金は自由化後下がりましたが、その理由は採炭条件が悪化しコストが高い国内炭鉱からの石炭を利用していた発電所から、北海からの産出量が増加していた天然ガス火力に設備が切り替わったためと言われています。