憧れの爆笑問題・太田光と「やっと両思い」 主婦から作家転身の宮島未奈さん、飽くなき挑戦心で“天下”取り「いまが人生で一番楽しい」
宮島未奈さん(40)のデビュー小説「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社、1705円)は、4月に全国の書店員が最も売りたい本を選ぶ「本屋大賞」を獲得。続編となる「成瀬は信じた道をいく」(同、1760円)と合わせ、発行部数75万部を突破するヒットとなった。宮島さんは25歳の時に主婦となり、最近までマネー関連の在宅ライターを兼務。主婦から作家に転身した裏には、著書の主人公・成瀬あかりのような飽くなき挑戦心があった。(樋口 智城) 成瀬シリーズは、滋賀県大津市が舞台の連作短編集。2作目までは、主人公・成瀬あかりが中学生から大学生になるまでの日常を描く。その型破り加減、我が道をいくパワー、そして知らずと周囲にポジティブな影響を与えていく強い存在感に病みつきになる人が続出。2シリーズ累計75万部を突破した。地元・大津では成瀬スタンプラリーも開催。本を読んで大津市に引っ越す人も現れるなど、映像化されていない小説としては異例のブームになっている。 「こんなに読んでもらえているの、何でだろう。ヒットの要因が分からないんですよ。本を出すとき編集者さんに結構、直されましたし。傑作の予感なんて全然ありませんでした」 だが、版元の新潮社は違った。プロモーションに力を入れるため発売日を4か月先に延ばすなど、傑作のニオイを嗅ぎつけていた。「成瀬は天下を取りにいく」は現在の発行部数52万5000部。4月には本屋大賞という天下も取った。 「生活が変わったか聞かれるんですけど、声をかけてもらうことが増えたこと以外は全く変わってないですね。でも、まあ…印税はめちゃめちゃ振り込まれました。私、すごい帳簿をつけるのが好きで。主婦の傍らで在宅ライターをしていたんですけど、確定申告とか全部1人でやっていたんです。簿記1級、日商簿記1級持ってますし。今はさすがに手に負えなくなって、税理士に頼もうかなって思っています」 経歴を見ると、簿記とは無縁な感じだが…。 「資格を取るとかが好きなんですね。税理士になりたくて試験を受けようと思って、簿記は5科目あったうちの一つだったんですよ。他にも宅建とか漢検準1級、英検2級、ファイナンシャルプランナーとか持ってます」 税理士より先に作家としての才能が花開いた形。作家としてのルーツはどこにあるのだろうか。 「小3の時、読書感想文を褒められたのがきっかけ。それからは鉛筆で原稿を書いて…とかやってました」 小説家を意識し、原稿を書いてはいたものの、実際に投稿することはなかった。高校卒業後は、京大文学部へ進学した。 「私が出会った京大生は、妙にへんぶる人が多くて…。そうそう、就職で公務員が決まった時に『何でそんなしょうもないとこに行くんだ』ってバカにされちゃったことがあって。私、記憶力がいいので、ずっとイヤなことを覚えてしまって、いまだ記憶に残っているんです。いい思い出もたくさんあったはずなんですけどね。年取ると忘れるようになるかと思っていたら、本を書くようになって脳が活性化。さらに忘れられなくなってしまいました」 卒業後は公務員として就職。25歳で結婚し、3年で退職する。 「結婚したら仕事をやめるって決めてました。夫の住んでいる大津に移り住んで、以降はずっと主婦して、合間にライターする生活でした」 当時も作家には興味があったが…。 「ちょっとは書いていたんですが、20代半ばで三浦しをんさんの『風が強く吹いている』を読んで。あー、こんなすごいの書けない、無理だって、あきらめました」 再び作家を目指すきっかけは何だったのだろうか。 「5~6年ほど前、森見登美彦さんの『夜行』を読んだんですよ。表と裏の世界がある話で、ふと『裏の世界の私は小説家をやっているかもしれない』とか思ったんですよね。在宅ライターが同じことの繰り返しで、つまんないなぁと行き詰まってたところ。それで何か書いてみようって」 思い立って1か月半、たまたま公募していた「女による女のためのR―18文学賞」に短編を出した。 「いきなり最終選考に残れたので、また挑戦しようと。翌年は最終選考、3年目は最終前に落選でした」 4年目となった20年。何かを変えようと、主人公を大人から中学生へと変えた。 「それでできたのが『ありがとう西武大津店』。成瀬シリーズのルーツになった作品ですね」 圧倒的な評価を受け大賞を受賞し、そこからはあれよあれよの進撃ぶり、3年後には本屋大賞を取るまでになった。そうそう、売れっ子になったことで夢がかなったそうですが…。 「私、爆笑問題の太田光さんが小学校の頃から大好きで。この間、ついに対談できたんですよ。私の本を読んでいただけて感動。やっと両思いになれたって感覚でした」 作中、成瀬あかりが「何になるかより、何をやるかのほうが大事だと思っている」と話す場面がある。「200歳まで生きる」を目標とし「M―1挑戦」など、何個もある可能性の一つだけでも花が咲けばいいと考えている。宮島さんも、さまざまな資格を取りまくり、税理士になろうとし、小説家として花が咲いた。案外、同じマインドなのかもしれない。 「いろいろあったけど、いまが人生で一番楽しい。憧れの太田さんとも会えましたし」 現在は「成瀬シリーズ」の3作目を執筆中。恋愛小説、ミステリーなど挑戦したいことが山ほどあるそうだ。 ◆宮島 未奈(みやじま・みな)1983年、静岡県富士市生まれ。41歳。2018年、「二位の君」でコバルト短編小説新人賞。21年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR―18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。23年、同作を含む連作短編集「成瀬は天下を取りにいく」でデビューし同作で「本屋大賞」など15個の文学賞を獲得した。4月に2作目となる「成瀬は信じた道をいく」を発売。 宮島さんが選ぶおすすめ一冊 金子玲介著「死んだ山田と教室」(講談社) 青春は限りあるから美しい。そう思わせてくれる小説です。 男子校のにぎやかでバカバカしいノリを見せながら、最後にはちゃんと胸アツな展開が準備されていて、そこもまた素晴らしかった。青春って、楽しいだけじゃなく、時に苦しくて、しんどい。短い間にいろんな感情が詰まっている時期だと思うのですが、ありとあらゆる青春を優しく包み込むような、そんな生への肯定にあふれた一冊です。(談)
報知新聞社