「日本酒、冷やでください」「常温でよろしいですか?」「いや、だから冷やで!」不毛なやりとりが生じる理由
日本酒といえば冬場のイメージを持つ人が多いかもしれない。たしかに、底冷えする夜にじっくり燗した酒をくいっとやれば、体が芯から温まり幸せなひとときになるだろう。しかし、日本酒は決して冬だけのものではない。夏から秋にかけてのこのシーズンならではの醍醐味を享受するために、今夜から酒場で使える日本酒の豆知識をご紹介しよう。(フリーライター 友清 哲) 【この記事の画像を見る】 ● 「ひやおろし」と「秋あがり」の違いは? 厳しい残暑が続いているが、それでもこの時期(9月半ば)になると生活のそこかしこから秋の足音が聞こえてくるもの。酒飲みにとっては、酒屋やスーパーの陳列棚に登場する「ひやおろし」や「秋あがり」もそのひとつだろう。 日本酒は本来、真冬の寒い季節に仕込まれる。これは発酵の過程が気温の影響を受けやすいためで、冷房設備が存在しない時代の名残でもある。 冬場に仕込まれた酒は、味を落ち着かせるために一度火入れしてから、酒蔵の冷蔵庫で貯蔵されるのが一般的。そしてひと夏の間じっくりと熟成させた後、その一部が秋口に出荷されることになる。これが「ひやおろし」だ。 つまり「ひやおろし」とは、フレッシュな鮮度を保ちながら適度な熟成を加えることで風味とまろやかさを表現したもので、この季節ならではのお楽しみと言っていい。 では、同時期に店頭をにぎわせる「秋あがり」との違いは何か? 実は「秋あがり」という言葉に明確な定義は存在しない。大まかには「ひやおろし」と同様に、春先に仕上がった酒を秋まで熟成させた状態を示しており、やはりまろやかな風味が楽しめるものだ。 2つの呼び名が混在するのは紛らわしいが、9月中旬頃に出荷のピークを迎えるという意味では、どちらも季節を逃さずに味わいたい点は共通している。ぜひこの時期にリリースされる各銘柄を飲み比べてみてほしい。
● 「冷や=冷たい酒」は間違い ところで、この「ひやおろし」という言葉。語源をたどれば「ひや」と「おろし」に分けられる。「おろし」については文字通り「卸す(出荷する)」ことを表しているが、問題は「ひや」のほうだ。 「ひや」とは「冷や」、すなわち日本酒の温度帯を示す言葉であるが、誤解されがちなのはこれが冷やした状態を示すものではないということだ。 日本酒における「冷や」は、実は常温を意味している。冷蔵庫などで温度を下げた状態は、正しくは「冷酒」であり、酒の世界では両者は明確に区別されているのだ。 たまに居酒屋などで、日本酒を「冷やでください」とオーダーする人を見かけるが、言葉の通りなら常温の酒が出てくることになる。そこで店の側も「常温でよろしいですか?」と確認を挟むことになるが、「いや、冷やで」「だから常温ですよね」などと不毛な問答が発生しかねない。 こうした誤解には売り手も辟易しているはずで、逆に言えば「冷や」と「冷酒」を正しく使い分けられる客は、なかなかツウっぽくてイケている。さっそく次の酒席から留意してみてほしい。