<インド>ガネーシャの恩寵 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
「しまった!」足を滑らせたときにはもう遅かった。なんとか踏ん張ろうとしたが、あっというまに水面が迫ってきた。海のなか、沖に向かい歩きながら撮影をしているときのことだ。 ヒンドゥー教の神々のなかでも、もっとも親しまれているガネーシャの生誕を祝うガンパティ祭り。10日間の期間中、大小さまざまなガネーシャ像が海に沈められる。これはビサルジャンとよばれ、神が信者の苦難を取り除いたあと、然るべき場所へ帰っていくことを象徴するものだ。
このビサルジャンを撮影中に、僕は海底にあった何かにつまづいた。カメラが海水に浸ればもう修理は不能。反射的に体をひねり、左肩から水に突っ込みながら、僕はカメラを握っていた右手を精一杯海面上に高く上げた。もう顔も上体も水の中だ。しかしこんな格好が長く続くわけもない。もうだめかと思ったその瞬間、奇跡がおこった。近くにいた男が、このわずか1、2秒の瞬間に、水面につきだしたカメラを取り上げてくれたのだ。 祭りの盛大さもさることながら、このときの経験は忘れられないものになった。いま思えば、カメラが救われたのも、ガネーシャの恩寵だったのかもしれないな、そんな気がしないでもない。 (2010年9月) ---------------- 高橋邦典 フォトジャーナリスト 宮城県仙台市生まれ。1990年に 渡米。米新聞社でフォトグラファーとして勤務後、2009年よりフリーランスとしてインドに拠点を移す。アフガニスタン、イラク、リベリア、リビアなどの紛争地を取材。著書に「ぼくの見た戦争_2003年イラク」、「『あの日』のこと」(いずれもポプラ社)、「フレームズ・オブ・ライフ」(長崎出版)などがある。ワールド・プレス・フォト、POYiをはじめとして、受賞多数。 Copyright (C) Kuni Takahashi. All Rights Reserved.