教育DXの焦点--日々のデータから有益な事例を見いだすリアルワールドエビデンスとは
学習する習慣が朝型と夜型の生徒は、どちらがテストで良い点を取れるだろうか。ラーニングアナリティクス研究で知られる京都大学 教授の緒方広明氏のチームが実施した「リアルワールドデータに基づく学習習慣研究」によると、学習する時間帯による成績の差はないという。これは中学生114人の数学に関する実証であり、普遍的な結論とは言えない。とはいえ、生徒に対して単純に「朝早いうちに勉強する方がよい」とアドバイスするのも、根拠(エビデンス)のある指導とは言えないことがデータから分かる。 ほかの図版を見る 行政の分野ではEBPM(証拠に基づく政策立案)の必要性が叫ばれて久しい。教育分野でも、データを基に得られたエビデンス(証拠・根拠)を重視して施策を検討する自治体が増えている。ただし、ここで使われているのは、信頼性・妥当性が高い学術的な意味でのエビデンスではない。例えば、医療分野で妥当性が高いエビデンスは、ランダム化比較試験(RCT)やシステマチックレビューによって得られる。 一例として、ある学習活動で教員が指導などの介入をした場合としなかった場合とで、学習効果や成績にどのような差があるのかを調べると仮定しよう。そのためには、無作為に抽出した学習者を2つのグループに分けるだけでなく、それ以外のあらゆる条件をそろえ、介入のありなしだけが結果に作用したと言える環境を作らなければならない。だが、現実的に教育現場でそうした環境を用意するのは難しい。倫理的な課題もある。
日々のデータから有益な情報を引き出す
近年、医療分野では「リアルワールドエビデンス」というキーワードが着目されている。実験的な環境ではなく、日々の活動から得られた「リアルワールドデータ」から導き出されるエビデンスのこと(「学びを変えるラーニングアナリティクス」(緒方・江口)による)。仮の例として挙げると、日々の診療記録から「毎日運動している人の方が、全く運動しない人よりも高血圧症の割合が少ない」と分かれば、これをリアルワールドエビデンスとして、毎日の運動を推奨するといったことが考えられる。厳密な比較でなくても、その理由が科学的に解明されていなくても、多数のデータからメリットがあると分かれば実践していこうという考え方だ。 教育現場で例えれば、「ある単元の授業では教材の閲読よりもグループ学習をした方が、その後の生徒の課題への取り組みが増える」というリアルワールドエビデンスが得られれば、その効果を教員が検討して実践する。 ここで気付くのは、「リアルワールドエビデンスによる指導は、ベテラン教員の豊富な経験に基づく指導と同じではないか」ということ。両者が異なる点は、リアルワールドエビデンスは、ICTを活用した学習を続けるだけでシステムによって自動抽出が可能であることに加え、データとして説明可能であり、広く共有もできるところ。良い教え方・学び方の事例というリアルワールドエビデンスは、ベテラン教員が減っている学校現場において役立つと期待できる。 京都大学 教授の緒方氏と同 助教の堀越泉氏らは、「New Education Expo 2024」のセミナー「これならできる学習ログ活用・実践事例~各種研究を通じたエビデンス駆動型教育~」において、最新の研究成果を披露する。同セミナーは東京会場で2024年6月8日、大阪会場では6月15日に開かれる。
文:江口 悦弘=日経パソコン