なぜ東京五輪を見据えなかったのか? 世界陸上男子マラソン選考の是非
24歳の井上に関しては、東京マラソンで優勝したウィルソン・キプサング(ケニア)に4分24秒の大差をつけられているとはいえ、選考会でトップの評価。ロンドンで経験を積むことは、東京五輪につながる可能性は十分にある。だが、川内と中本はどうだろうか。ふたりは選考会で持ち味を発揮して、素晴らしいレースを見せたことは間違いない。ともに世界選手権は2大会ぶり3回目になるが、自己ベスト(川内2時間8分14秒、 中本2時間8分35秒)は4年前に出したもの。その後は2時間9分を切っていない。日本マラソン界が低迷しているがゆえに、選ばれたランナーともいえる。 今回の選考でサプライズがあるとしたら、東京で中間点を1時間1分55秒で通過するなど、積極果敢なレースを見せて、2時間9分27秒で日本人3位に入った設楽悠太(Honda)だと思っていた。瀬古リーダーも「マラソンのセンスは高い」と評価していたが、「将来を見据えれば選びたいなという思いはあります。ただ、選考基準のなかで公平に選ぶとしたら、彼を選ぶことはできません。まだ若いので、2回目、3回目のマラソンで大きく成長することを我々は期待しています。自分で(日本代表を)手繰り寄せることが大切なので、甘やかしてはいけない。実力で世界選手権やオリンピックに行ってほしいと思います」と、選考基準に則り、冷静に判断した。 井上、川内、中本で挑むことになるロンドン世界選手権は、2012年のロンドン五輪とコースは異なるものの、全体的にフラットなコースとなる。8月前半のロンドンは最高気温が22度、最低気温が14度ほど。夏マラソンとしては涼しいコンディションになることが予想される。井上は若さがあり、暑さが不得意な川内にとっては、力を発揮しやすい大会。中本はロンドン五輪で6位入賞を果たしている。ポジティブに考えれば、おもしろい戦いができるといえるかもしれない。 ただ現実は甘くない。日本勢は一昨年の北京世界選手権、昨年のリオ五輪ともに「惨敗」といえる結果だった。ロンドン世界選手権の目標について尋ねられると、瀬古リーダーはこう答えている。 「メダルはほしいです。練習したことを100%出せるコンディションに持っていくことができれば、我々が期待したものがでるんじゃないかな。ケニア、エチオピアなど東アフリカ勢とは相当な開きはありますが、42kmで自分の力を発揮することができれば、相手の出来次第ですけど、チャンスがあります。42kmをうまく走れなかったら話にならない。予想されるのはネガティブスプリットのレースです。男子は(メダルは)厳しいですけど、入賞という点では、前半よりも後半が速くなれば十分に狙えます」 ペースメーカーのいない世界大会では、暑さもあり、序盤からハイペースになることは少ない。しかし、途中のペースアップでは、かなりのスピードが要求される。5年前のロンドン五輪はウィルソン・キプサング(ケニア)が10kmからの5kmを14分11秒まで引き上げて、大集団を崩壊させた。昨年のリオ五輪でもエリウド・キプチョゲ(ケニア)が30kmからの5km14分25秒まで上げている。いずれも、それまでのペースから5kmで1分以上も速い。 本気でメダル獲得を目指すなら、「ネガティブスプリット」ではなく、「ペース・オブ・チェンジ」に対応できるスピード持久力が必要になってくる。世界のトップクラスは、5000m12分台の力を持つ。5000m14分00秒前後の選手では、どうあがいても太刀打ちできない。ちなみに日本勢の5000mベストは、井上が13分42秒72、川内が13分58秒62、中本が14分04秒31。トップ集団で真っ向勝負するのではなく、崩れた上位勢を後ろから拾っていく作戦しかないのが現状だ。