平気なフリばかり、上手くなる29歳。ダメでもムダでも、伝える勇気 『9ボーダー』8話
恋を、好きになった人を、忘れられるか?
過去が明らかとなり、自分が何者なのかもわかり、婚約者である女性まであらわれたコウタロウを見て、大庭七苗(川口春奈)は静かに心を決める。 「もうコウタロウさんはいない。あの人は芝田悠斗さん」「だからもう忘れる! コウタロウさんとはバイバイ」などと繰り返し、いったん神戸に帰るため空港へ向かったコウタロウを見送ることもしようとしない。 それはきっと、七苗にとっての、コウタロウに向けた優しさなのだ。ようやく過去が判明し、自分が誰なのかもわかった彼のことを、尊重した結果だ。彼が元いた場所に戻るにせよ、コウタロウとしてとどまるにせよ、自分の存在が彼の足かせになってはいけないと、七苗はどこかで強く思い込んでしまっている。 二人は間違いなく恋人同士だ。しかし、記憶喪失であるコウタロウが相手である以上、それは期限付きの恋愛。彼が何者であるかがハッキリわかったいま、相手が元いた場所に戻ることを選べば、七苗の恋愛はなかったことになる。 それでも、お互いに好きな気持ちを伝え合い、大事だと実感している相手を、忘れられるのか。「忘れる」と決めるだけで、恋をしたことそのものを、忘れられるのか。 大庭六月(木南晴夏)は、自身の経験から「絶対にその人じゃなきゃ駄目なんてことはない」と妹の七苗を励ます。きっとそれも、間違いではない。仮に七苗が、もう二度とコウタロウと合わない選択をしたとしても、きっとまた新しい誰かと出会うだろう。 しかし、それは、七苗がしっかりコウタロウと向き合わない限り、難しいはず。中途半端に区切りをつけようとした恋愛は、ちぎり損なったまま、いつまでもぶらぶらと心に貼り付いて取れないものだから。
七苗の背中を押す、九吾の言葉
本当のことを伝え合う、嘘はつかない、と約束し合ったはずの七苗とコウタロウ。しかし、コウタロウに対してまたもや、本音を隠して平気なフリをしてしまう七苗。根付いた癖は、なかなか直らない。平気なフリばかり上手くなってしまう七苗だけれど、それはきっと、彼女が常に周囲をうかがう“優しさ”を発揮してきたからだ。 現代に生きる私たちにとっても、この歪(いびつ)な優しさは他人事ではないかもしれない。周囲や他者のことばかり考えて、先回りして動くこと。相手の言ってほしいことを想像して、言動を選ぶこと。 そんな優しさは、決して悪ではない。むしろ社会を円滑にするうえで、必要な場面も多い。 それでも「また後悔するの? 母さんが出て行った時、言えなかったんでしょ、行かないでって……。ダメでもムダでもいいから、伝えなよ」と、弟の品川九吾(齋藤潤)が七苗の背中を押したように、ときには無理やりにでも我をとおすきっかけが必要な瞬間もある。 SNSやインターネットを介して、表には出ていない“裏の本音”が見えやすくなった現代だからこそ、人の目を気にして忖度(そんたく)してしまうことがある。傷つくのを怖がることを、やめよう。身を引くことが相手のためになる、と自分よがりに考えることを、やめよう。優しさや思いやりの先取りは、ときに相手の負担になると、知っておくために。
『9ボーダー』 TBS系金曜22時~ 出演:川口春奈、木南晴夏、畑芽育、松下洸平、井之脇海、木戸大聖、山中聡、伊藤俊介、内田慈、兵頭功海、YOUほか 脚本:金子ありさ 音楽:jizue 主題歌:SEKAI NO OWARI「Romantic」 プロデュース:新井順子 協力プロデュース:阿部愛沙美 演出:ふくだももこ、坂上卓哉
文:北村 有