「Fate」シリーズの原点『Fate/stay night』が描く、美しい構造の物語 20周年とリマスター版発売に寄せて
『Fate/stay night REMASTERED』が、8月8日に発売された。本作はTYPE-MOONが2004年に発売した、PC向けビジュアルノベル『Fate/stay night』の移植版の『Fate/stay night [Realta Nua]』、そのPS Vita版をもとにHDリマスターされたタイトルだ。 【画像】リマスター版で蘇る『Fate/stay night』のスクリーンショット 「Fate」シリーズは現在、スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』、イベント同日に続報が公開された『Fate/EXTRA Record』など、アニメや小説など多くの作品が展開されているが、それらの大元というわけだ。しかし、スピンオフのタイトルには触れていても、原点である『Fate/stay night』をプレイしていない人も意外といるのではないか。 それもそのはず、本リマスター版の発売までプレイ手段が少なく、触れやすいのはスマートフォン版のみだったのだ。PC版は対応OSがWindows XPまでのため起動の保証ができず、2019年発売のPC復刻版はプレミア価格なので現実的ではない。家庭用ゲーム機での展開は2012年発売のPS Vita版が最後だったため、ゲーム機やPCでプレイしたいという層をカバーできていなかった。そのため、今回のPC(Steam)とNintendo Switchへの移植は、多くの層から待ち望まれていたことだろう。 ただ、「Fate」シリーズは20周年を迎え、「プレイしていないが大体のストーリーの流れは把握している」「キャラクターだけ知っている」、さらには「アニメや映画で見たから別にプレイしなくても良いかな」という方もいるのではないだろうか。コンテンツへの触れ方は人それぞれであるため、無理に原作に触れてほしいとは言えないが、いちTYPE-MOONファンの筆者としては「プレイする価値はある」と考えている。本記事ではネタバレに配慮しつつ、リマスター版で興味を持った方に向け「そもそも『Fate/stay night』とはなんぞや」ということと、そして“いま”ビジュアルノベルとして遊ぶ理由について執筆していきたい。 伝奇活劇ビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』の舞台は、架空の地方都市「冬木市」で7人の魔術師はマスターとして1騎ずつサーヴァントと契約し、持ち主のあらゆる願いを叶えるという願望機「聖杯」を獲得するためにバトルロイヤル「聖杯戦争」を戦い抜くのが目標。主人公は「冬木大火災」と呼ばれる大災害のただ一人の生き残りの衛宮士郎、彼はサーヴァント同士の戦いを目撃したことをきっかけに、自身もマスターとして聖杯戦争に巻き込まれていくこととなる。自宅にてサーヴァントの1人・セイバーの召喚に成功した士郎は、亡き養父・衛宮切嗣の「正義の味方になりたかった」という願いを受け継ぎ、犠牲者を増やさないために聖杯戦争を戦い抜くことを決意するという導入だ。 『Fate/stay night』で描かれ、その後の「Fate」シリーズにも共通する要素は、伝説上・神話上の人物が「サーヴァント」と呼ばれる存在として登場し、マスターとともに「聖杯戦争」と呼ばれるバトルロイヤルを戦い抜くというストーリーにある。自らの正体を隠しながら、相手のサーヴァントは誰なのかを探るミステリーのような駆け引きの「真名当て」要素。伝説の存在同士を戦わせたらどうなるのかという歴史のifストーリーに、過酷なバトルロイヤルを通して描かれる群像劇。さらには召喚によって、共闘関係を強制させられたマスターとサーヴァントが結ぶ絆などが挙げられる。 本作はビジュアルノベルという媒体を活かし、選択肢の結果に応じて分岐するヒロインのルートが3つ存在するが、どれかがトゥルーエンドや正史というわけではない。前のルートでは叶わなかった人物と協力できるなど、手を組む相手やシチュエーションにより聖杯戦争の行く末や人間関係が変化していく。本作はカッコいい宝具などのいわゆる“中二病”的側面に着目されがちだが、筆者としてはそうした要素を舞台装置として描かれる内省的なシナリオにこそ大きな魅力があると考えている。士郎であれば実際に殺し合いが行われている「聖杯戦争」のさなかに「正義とは、悪とはなんなのか」と翻弄され、「正義の味方とはいったいなんなのか」と苦悩するなど、各々の理想と現実の狭間で揺れ動くアンビバレントな内面を立体的に描いているのが特徴だ。その一方で異なる視点の複数ルートで描かれるからこそ、どんな状況になろうとも変わらない、それぞれの根底にある理念や矜持が明かされていく。 そして本作は「セイバー」「遠坂凛」「間桐桜」という3名のヒロインの救済を描くことで、同時に「主人公・衛宮士郎」の救済を行っているという円環構造が美しい。大災害で心に傷を負ってサバイバーズ・ギルトに苦しみ、「自らを犠牲にしても人を助けたい/正義の味方になりたい」という理想に縛られた機械のようになってしまった士郎が、自らのアイデンティティを見つめ直して人間になれるときが訪れるのか。そうしたビルドゥングスロマンとしても読みごたえがある。 筆者は、アニメや映画などと比べてビジュアルノベルは、プレイへの能動的な姿勢が試されると感じている。それは選択肢という形で端的に示されているとももに、シナリオライターである奈須きのこ氏が紡いだテキストによって語られるキャラクターたちの心意気を、マウスクリック、あるいはボタンの押下とともに一文字ずつ噛みしめるように読み進め、『Fate/stay night』という世界を自らの内へ落とし込むという行為が重要だと思うからだ。そのうちにプレイを進める時間が豊潤で価値のあるものになり、徐々に自らの心に刻まれて、作品と向き合った思い出が忘れられない瞬間になる。それはゲームならではの体験であると考えている。実際に本記事を執筆するために原作をプレイし直したが、いまなお色あせない面白さを感じられたのだ。 なお『Fate/stay night』の公式ファンディスクである『Fate/hollow ataraxia』も、リマスター版の制作が決定している。『Fate/stay night REMASTERED』をプレイして気に入ったプレイヤーは、チェックしてみると良いだろう。
SIGH