「本物のレベルに…」横浜F・マリノス、ポープ・ウィリアムにとって特別な120分。脳裏に浮かんだ「自分の軌跡」【コラム】
AFCチャンピオンズリーグ(ACL)準決勝セカンドレグ、横浜F・マリノス対蔚山現代が24日に行われ、PK戦の末、マリノスが勝利。クラブ史上初の決勝進出を果たすことになった。1人退場者を出しながら耐え抜き、なんとか勝利をもぎ取ったチームの中で、守護神として足に限界を迎えながら最後までピッチに立っていたポープ・ウィリアムは何を思っていたのか。(取材・文:藤江直人) 【動画】横浜F・マリノス対蔚山現代 ハイライト
●横浜F・マリノスの歴史が変わった 歴史が変わる瞬間を、横浜F・マリノスの守護神、ポープ・ウィリアムは見ていなかった。いや、見ていられなかった。天国と地獄とを分け隔てる運命のPK戦。後蹴りのマリノスの5番手キッカー、DFエドゥアルドが助走に入る直前で、ポープは両手で自らの視界を遮ってしまった。 両足が限界に近づいていた状況が、まるで神頼みのようなポーズをポープに取られたのだろうか。それでも、エドゥアルドが蹴り終わるまで貫かれた沈黙から一変した、耳をつんざくような大歓声がマリノスのクラブ史上初のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝進出決定を教えてくれた。 次の瞬間、つりかけていた両足を忘れたかのように、ポープはマリノスのサポーターで埋め尽くされたゴール裏のスタンドへ向かって、エドゥアルドよりも先に疾走していった。 「本当に苦しい展開のなかで、ファン・サポーターの方々も選手を後押ししようと声を切らさず、ずっと応援し続けてくれていたのは僕自身、ピッチに立ちながら感じていました。疲れ果てているフィールドプレイヤーにとっても、ものすごく心強いサポートだったんじゃないかなと思ったので」 韓国Kリーグ1を連覇中の強豪、蔚山現代をホームの横浜国際総合競技場に迎えた24日の準決勝セカンドレグ。2戦合計スコアが3-3のまま、延長戦を含めて120分間に及ぶ死闘の末に突入したPK戦で、エドゥアルドが決めればマリノスが勝利する状況を手繰り寄せたのはポープだった。 両チームの4人ずつがすべて成功させて迎えた5人目。J1のサガン鳥栖でも活躍したMFキム・ミヌの一撃を左へ飛んで完璧にセーブ。何度も雄叫びをあげ、そしてガッツポーズを作った。 「本当に(相手が蹴る)ギリギリまで我慢して、あとは自分が決めた方向へ飛ぶだけでした。意外にシンプルというか、駆け引きというよりも、自分を信じてやるだけでした」 直前の4人目では、サポーターの歓声がため息に変わっていた。MFイ・チョンヨンが放った真ん中への強烈な一撃を、まるで予測していたかのように微動だにせず反応した。しかし、球威が勝っていたからか。両手を弾いたボールはゴールに吸い込まれ、ポープはその場に突っ伏してしまった。 ●1人退場。放たれたシュート数はなんと… 「どこかで一人は(真ん中に)蹴ってくるだろうな、と。最近のトレンドみたいになっているし、誰が蹴ってくるのかは僕自身の判断で決めたなかで、止めたという感覚はあったんですけど。(予測通りで)ちょっと拍子抜けしたというか、ボールが少し速かったのもあって……ちょっともったいなかったですね」 17日に敵地で行われたファーストレグで、マリノスは0-1と苦杯をなめた。あいにくの雨が降りしきる状況で迎えたセカンドレグでは、一転して13分にMF植中朝日が先制ゴールをゲット。21分にFWアンデルソン・ロペスが、30分には再び植中がゴールネットを揺らした。 しかし、蔚山も36分に右CKから1点を返す。さらに3分後にはカウンターから抜け出したFWオム・ウォンサンが最終ラインの背後に抜け出し、ペナルティーエリア内の右で中央へ切り返す。次の瞬間、ボールは必死に追走し、スライディングで止めようとしたDF上島拓巳の右腕に当たってしまった。 イランのアリレザ・ファガニ主審は、上島のハンドによるPKを宣告。さらに決定的な得点機会を阻止する、いわゆるDOGSOで上島に問答無用のレッドカードを提示した。MFダリヤン・ボヤニッチがポープの逆を突くPKをゴール右へ決めて、あっという間に2戦合計スコアを3-3とした。 ここからは数的優位に立つ蔚山が主導権を握り続けた。アジアサッカー連盟(AFC)の公式スタッツによれば、延長戦を含めた120分間で蔚山が放ったシュート数は実に40本に到達。そのうちペナルティーエリア内で放たれたものが26本を、ゴールの枠内に飛んだものが15本を数えた。 「もう耐えるだけというか、自分のところで何とかゼロ……あれ以上は失点しないように意識していた」 文字通りの防戦一方となった展開で、ポープのシュートストップ数は13本を、フィールドプレイヤーによるシュートブロックは9本をそれぞれ数えた。ポープは何よりもまず味方へ感謝した。 ●「最後の砦であるゴールキーパーが弱さを見せるのは…」 「ありきたりの言い方になるけど、僕には飛んで来るシュートを止めるプレーしかできない。自分の守備範囲内に来たシュートは必ず止めようと思っていたなかで、僕の前でハードワークして、常に体を張ってくれる頼もしい仲間たちがいるおかげで僕も気持ちを込めて戦えた。最後の最後まで粘り強く戦ってくれる仲間たちに応えようと、抜けて来るボールに対して集中力を切らさずに反応できた」 象徴的な場面が延長後半の終了間際だった。ペナルティーエリア内でこぼれ球に反応したMFコ・サンボムが右足を振り抜く。両足がつっていたゲームキャプテンのDF松原健が必死にブロックに飛び込んだが、シュートは松原の足をかすめて、わずかにコースを変えてポープを急襲した。 次の瞬間、プロ12年目の29歳にして、初めてACLの舞台で戦うポープがとっさに反応。右手一本でボールを弾き返し、2戦合計スコアで勝ち越される大ピンチを救ってPK戦への扉を開けた。 「本当に難しいコースに飛んできたら物理的にも止めるのは難しくなるし、そのなかで自分の可能性を広げる努力を課してきた。日頃の積み重ねといったものを出せたと思っているし、僕だけじゃなくてサポーターのみなさんも含めたマリノスファミリー全員の力でつかみ取った勝利だと思う」 しかし、シュートストップだけでなく、左右から放たれるクロスへの対応やハイボールの処理など、数的不利の状況で仕事量が激増した代償が巡ってくる。延長後半に入って左足が、さらに右足がつってしまう。ピッチ上で味方に足を伸ばしてもらいながら、ポープはPK戦突入を待ち続けた。 「PK戦まで耐えれば何とかなる、という認識でしたけど、それでもかなり危なかったというか、ゴールキックも飛ばなくなるなど、プレーに支障が出るレベルでチームに迷惑をかけてしまった。最後の砦であるゴールキーパーが弱さを見せるのはよくないというか、あってはならないと僕は思っている。そこは試合への準備の仕方や日々の過ごし方を含めて、まだまだ改善していかなければいけない」 ●「自分がやりたかったフットボールはこれです」 アメリカ人の父と日本人の母を持つポープは東京都日野市で生まれ育ち、中学校進学とともに東京ヴェルディのジュニアユースに加入。ユースをへて2013年にトップチームへの昇格を果たしたが、10月に30歳になる今シーズンの現段階でJ1リーグでの出場は21試合にとどまっている。 ヴェルディでは定位置をつかめないまま2016年にJ2のFC岐阜、翌年には川崎フロンターレへ期限付き移籍。2018年には川崎Fへの完全移籍に切り替えるも、J1リーグを連覇した黄金期で公式戦の出場機会を得られず、2019年に大分トリニータ、2020年にはファジアーノ岡山へ期限付き移籍を繰り返した。 岡山ではリーグ戦40試合に出場したが、2021年に完全移籍で復帰し、再びJ1に挑んだ大分で14試合の出場にとどまった。2022年からはFC町田ゼルビアへ完全移籍。黒田剛監督のもとでJ2リーグ優勝を達成した昨シーズンは開幕から守護神を拝命したが、第32節以降の11試合はリザーブに回った。 「去年も最後の方ではJ2のベンチでしたけど、そういった状況でも自分自身を信じていました。苦しい時期もありましたけど、それでも努力し続けることでどんどん道を切り開いていくというか、強い気持ちを持ちながら自分の力で前へ進んでいくのがサッカー選手の人生だと思っているので」 昨オフには一森純がガンバ大阪へ復帰し、守護神が不在となったマリノスからオファーが届いた。チームとして主導権を握り続けるチームの最後尾を守りたい、といつしか思い描いてきたポープは、延べ8チーム目となったマリノスを「自分がやりたかったフットボールはこれです」と位置づけている。 充実感を覚えているポープの視線の先には、ともにマリノスOBで歴史を知る松永成立キーパーコーチ、榎本哲也アシスタントキーパーコーチの存在がある。ポープは開幕後にこう語っていた。 ●「悔しい思いや辛い時期を乗り越えてきた」 「移籍してきてからシゲさん(松永)、哲さん(榎本)のもとで本当にいいトレーニングができている。スタンスや構え方を含めたキーパーの技術的かつ細かい部分を2人から吸収しながら、だからといって無理強いはされずに、バランスをすごく考えながらアプローチしてくれる。そのなかで僕も頭でっかちになりすぎずに、自分のなかでいろいろとかみ砕きながら、日々のトレーニングで手応えを感じてきた。そういった細かい気づきのようなものを常に与えてくれる環境で毎日サッカーができている」 ほぼ1試合分を10人で戦い、そのまま息詰まるPK戦へと突入した蔚山戦では、プロになってから経験してきた、さまざまな艱難辛苦が走馬灯のように脳裏に浮かんできたとポープは言う。 「本物のレベルに追いつきたい、追い越したいという気持ちでここ3、4年……いや、5年くらいは毎日地道にやってきたし、そういう日々がこの舞台に繋がった、というのは僕自身も感慨深いものがある。今日の試合も自分のなかでいろいろなことを思い返しながら、悔しい思いや辛い時期を乗り越えてきた自分の軌跡といったものがパワーになった。いままで頑張ってきてよかった、というのはありますね」 雨中の死闘と化した一戦でしたたかさや、あるいはたくましさも見せつけた。たとえば意図的に時間を使った点で、ファガニ主審と虚々実々の駆け引きを繰り広げていたとポープは試合後に明かした。 「もう割り切って、なるべく時間をかけようと。ハードワークをしてくれた分、みんなには息を整える時間が必要だと思ったので、審判にはけっこう注意されましたけど、そこはうまく時間を使いながらやれたら、というのが自分のなかであった。レフェリーの方からはかなり注意されたし、次やったら(イエローカードを)出す、みたいな感じで言われていたけど、そういうなかでも駆け引きをしていました」 PK戦を前にして、松永コーチから相手キッカーの特徴や癖、蹴る方向の傾向などが記されたメモを手渡された。しかし、ポープは熟慮した末に「自分を信じてやります」とやんわりと断りを入れている。 ●「いろいろな人の思いが積み重なって」たどり着いた決勝 「試合中に決められたPKで、シゲさんに指示された方に飛んだら逆に来たこともあったので、情報はもらいながらもどうしようか、と自分のなかで考えながら、最後はデータよりも、と思いました」 ACLは今大会から秋春制で行われていて、日本における昨シーズンの後半に行われたグループリーグでは、6試合のうち5試合で一森がマリノスのゴールマウスを守っている。ポープが言う。 「僕自身の出場は決勝トーナメントからになりましたけど、いろいろな人の思いが積み重なってここまで来られているし、そこに対しては本当に感謝しています。この大きな大会(の優勝)を取るか取らないかでクラブの今後も変わってくるし、そういうなかでもプレッシャーを楽しみながら、一方でどの試合に対しても優劣はつけずにやってきたので、大きな大会だからといって特別なことをするわけでもなく、本当にいままで積み重ねてきたことを愚直にやり続けるだけだととらえている」 ひと足早く準決勝を終えた西地区は、UAE(アラブ首長国連邦)のアル・アインが、3大会連続の決勝進出を目指した強豪アル・ヒラル(サウジアラビア)を2戦合計5-4で撃破している。 5月11日に横浜国際総合競技場で行われるファーストレグ、そして同25日に敵地で行われるセカンドレグへ。身長192cm体重89kgの巨躯に濃密すぎる下積みとしての経験と、さらに花開く伸びしろとを搭載したポープが、日本勢として4クラブ目のアジア王者へ王手をかけたマリノスを最後尾から支える。 (取材・文:藤江直人)
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