70歳男性の約半数が働き続ける日本社会、多くの人が意外と知らない「大きな転換点」
年金水準の切り下げは今後も進むが、緩やかなものにとどまる
就業年数の延長は年金の動向とも密接に関係している。厚生労働省が毎年発表しているモデル世帯の年金給付額は、過去から現在に至るまで緩やかに減少している(図表1-12)。 少子高齢化によって日本財政がひっ迫するなか、将来の世代が過去の世代が給付されてきた高額な年金を受け取ることは、もはや不可能に等しい。 これまで行われてきた厚生年金の支給開始年齢引き上げの影響も大きい。過去は60歳時点で受け取れた厚生年金保険であるが、男性受給者については、2022年時点において定額部分が65歳から、報酬比例部分は64歳からの支給となっている。報酬比例部分の支給開始年齢は現在引き上げの最中であり、男性は2025年、女性は2030年をもって65歳で統一される。 こうしたなか、自分が定年を迎える頃には、年金はいつまでたってももらえなくなっているのではないかという懸念を聞くことがある。しかし、そのような不安は現実とは異なるだろう。 現在なおも進む厚生年金保険の支給開始年齢の引き上げであるが、そもそもこれが法令上定まったのはいつかをみると、定額部分については1994年の年金法改正、報酬比例部分については2000年の改正法で制度の改正が行われた結果として、現在の年齢での支給が決まっている。改正法の成立から、支給開始年齢の65歳まで完全に引き上げるまでには、実に30年近くもの経過措置が設けられていたのである。 これとは別に、同改正法が成立に至るまでも、年金の支給開始年齢引き上げを今やるべきかどうかの議論が長期にわたってなされている。高年齢者の雇用確保措置と同様に、厚生年金の支給開始年齢を60歳から65歳まで引き上げるためにも、過去30年以上もの長い年月を要しているのである(図表1-13)。 今後、我が国の高齢化がますます深刻化するなか、公的年金の支給開始年齢のさらなる引き上げは、年金財政の持続可能性を保つためには避けられない。しかし、年金制度のような国の根幹を担う制度について、入念な環境整備なしに即座に変更を加えることは現実的ではない。 こうした政策は、政府が長い期間をかけて世の中に対して入念な説明を行い、現下の経済財政事情を踏まえればやむを得ないものである、と多くの人が納得をして初めて実施されるものである。そう考えれば、良くも悪くも、10年や20年というタイムスパンで公的年金の支給開始年齢が70歳まで完全に引き上げられるという未来像は、現実的には実現しないと考えてもよいのではないか。 いずれにせよ、少子高齢化のなかで、定年後も働き続ける人が今後も時間をかけながら徐々に増え続けていくのは確実である。そして、平均的な労働者が直面する将来における選択肢は、もはや定年後に働くかどうかという範疇にはなくなる。そうではなく、定年後に働くことは所与として、そうした状況下でどのように働くかを考える。こうした姿が多くの日本人が直面する現実になるだろう。 つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)