「“小栗旬になりたい、なれる”と思ってあがいてきた」前原滉
作品づくりにおいては役者もスタッフも平等
主役ゆえに、現場にいた時間は長い。とはいえ、自分には直接関係がないスタッフ同士のやりとりに、こんなにも目を配り、気遣う演者はそうはいないだろう。 前原のこの発言を聞き、そう驚いたと同時に思い出したのが、とある記事で目にした現場スタッフへの応対。 集中するシーンの撮影日だからと、あえて前原から距離を置いていたスタッフに、撮影が終わった前原が「今日はまだ挨拶をしていませんでしたね」と自ら声をかけに来たというエピソードだ。 俳優もスタッフも、担う役割が異なるだけで、上下関係はない。前原のなかには、そんな気持ちがあるのだろう。 「表に出るのは役者だけれど、作品をつくるうえではみんな平等だと思っていて。主役だからと気を遣っていただくのも、なんか居心地悪いんですよね。 僕はセリフ一言から始まった役者なので、楽屋がもらえるようになったとか寒い時にベンチコートをもらえる立場になったとかで、(役者として認められたという)感慨にふける気持ちは、もちろんあります。 でも、『いやいや、ちょっと待てよ。寒いんだから、スタッフも含め全員にベンチコートは配られるべきじゃないか?』って思ってしまう。数の問題もあるし、現実的には難しいとわかってはいるんですけどね。 だから、せめてスタッフさんのことを気にかけて、何かあれば『大丈夫ですか?』と声をかけられる人間でありたいなとは思っています。とは言っても、たいしたことはできないし、無理もしないタイプなんですけど(笑)」
「特別な人になりたい、と思ってあがいてきた」
こうした発言からもわかるとおり、前原は周囲を慮(おもんぱか)るやさしさを持ち、売れっ子になっても奢ることなく、地に足のついた人間だ。 それに対し、今回の映画『ありきたりな言葉じゃなくて』で演じた拓也は、他者の気持ちに無頓着で、独りよがりな説を振りかざしてマウントをとり、自分を大きく見せようとする未熟な人物。 先輩脚本家の推薦で脚本家デビューが決まったとたん有頂天になり、それがゆえに、事件に巻き込まれ、奈落の底へと突き落とされてしまう。 「(インタビュアーに対して)ライターさん、拓也のこと、嫌いですよね(苦笑)。浅はかな男だなって、僕も思います。でも、共感できるところもあるんです。 自分は平凡な人間だとわかってはいるけれど、特別になりたいという気持ちがあって、そのためにもがいていて。そういう弱さって、みんな持っているんじゃないかなという気もするんですよね。特別な人って、ほんの一握りですから。 僕自身、そのひとりです。事務所の養成所に入る時は、『(事務所の先輩である)小栗旬さんみたいになれるはずだ!』と思っていましたから。 冷静に考えたら、『なれるわけないだろ』っていう話なんですけど、というか、冷静に考えなくてもそうなんですけどね(笑)。それぐらい、自分のこと、見誤っていたんです」 小栗旬になりたくて、俳優養成所の門を叩いた青年は、その後どうもがき、どう道を切り拓いてきたのか。後編では、俳優・前原滉がいかにして生まれたのかを紐解く。 『ありきたりな言葉じゃなくて』 町中華を営む両親と同居し、ワイドショーの構成作家としてナレーション原稿の執筆に奔走する32歳の藤田拓也。鬱々とした日々のなか、先輩脚本家の推薦で念願の脚本家デビューが決まり、有頂天になった拓也の前にひとりの女性が現れて……。偶然の出会いによってもたらされた“予期せぬ人生のつまずき”、アラサーという青春から微妙な距離にいるからこその男女の葛藤とあがきを描いたヒューマンドラマは切なくも、心に染み入る。 渡邉崇監督による書き下ろし小説も発売中。映画とは異なり、拓也、りえ、京子、猪山、4人の視点で物語が進行していく。 出演:前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太ほか 脚本・監督:渡邉崇 原案・脚本:栗田智也 2024年12月20日(金)より全国にて公開 前原滉/Kou Maehara 1992年宮城県生まれ。高校卒業後、現在所属するトライストーン・エンタテイメントの俳優養成所に入所し、2015年にデビュー。映画『あゝ、荒野』『彼女未来』『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』や、ドラマ『あなたの番です』『らんまん』など話題作に多数出演。
TEXT=村上早苗 PHOTOGRAPH=倭田宏樹