中国軍機、初の領空侵犯でも「自衛隊は何もできない!」元空将が告発「なぜ日本は敵機を撃墜できなくなったのか」
「現役自衛官は言いたくても言えない。OBはそれを代弁するのが役割です」 麗澤大学特別教授で元空将の織田邦男氏は、強い口調でこう語り始めた―─。 8月26日、防衛省統合幕僚監部は、中国軍の大型情報収集機「Y9」1機が、長崎県男女群島沖で領空侵犯したと発表した。空自はスクランブル(緊急発進)し、警告をおこなった。領空侵犯は2分にわたり続いたという。 中国軍機による領空侵犯が確認されたのは初めて。その後、中国外務省報道官は「中国にはいかなる国の領空も侵犯する意図はない」「深読みしないよう望む」と述べ、事態の沈静化を図った。 だが、織田氏は「今回の事例は明確な主権侵害行為」とし、「日本政府は毅然とした態度をとらねばならない」と強く主張する。 「今回の領空侵犯には3つの可能性があると考えています。1つめは、パイロットの単純ミスの可能性。2つめはあえて特異な行動を起こし、自衛隊が反応するときの各種電子情報を収集しようとした可能性。3つめは、領空侵犯後の日本政府の対応や日本の世論の動向を探ろうとした可能性です。 最悪なのは3つめ。日本の対応によっては、今後、中国が得意とする『サラミ戦術』に踏み出してくる可能性があります。サラミ戦術とは、サラミを少しずつスライスするように、小さな行動を積み重ね、現状変更をもたらすやり方です。 中国は、今後、たとえば尖閣諸島の領空侵犯を徐々に常態化させていくことで、実効支配を奪おうと考えている可能性が高いのです」(以下「」内の発言は織田氏) じつは、中国の軍艦が、領海に隣接する「接続水域」を航行するのはほぼ毎日のことになっている。問題は、そこからさらに領海にまで侵入する事態が頻発していることだ。8月31日には、中国海軍の測量艦が鹿児島県口永良部島近くの領海に2時間ほど侵入。 外務省は中国大使館に強い懸念を伝えて抗議したが、中国外務省は「完全に正当で合法的な権利を行使している」と意にも介さない。 「中国海警局や海軍の船は、年間360回以上も尖閣周辺の接続水域に侵入しています。領海侵犯も増えており、2021年11月以降、今回で10回めです。 もちろん、領海については『無害通航権』がある。沿岸国の平和・秩序・安全を害さない限り、他国の領海を自由に通航できる。たとえ軍艦でも、敵性行為をおこなわない限り、自由に動けるんです。ただし、今回は測量作業をおこなっているため、『無害通航権』は認められません。このことはもっと問題にすべきです」 ■習近平国家主席の「国境・海空防衛力の強化」 習近平国家主席の軍事力強化は、止まることがない。7月30日には、党政治局第16回集団学習の場で「国境・海空防衛力の整備」を命じている。 「習主席は、『新たな状況、新たな特徴、新たな要請を把握し、強大で堅固な現代的国境・海空防衛力の整備に努力せよ』と指示しています。 この指示は、人民解放軍の創立記念日である8月1日の直前に出されたこともあり、軍にとって絶対に遂行しなければならない命令になっています。今回の領空侵犯、領海侵犯も、この指示に従った行動だとみられるのです」 深刻なのは、今回、中国軍機が “はじめて” 領空侵犯をおこなったことだ。領空については、「無害通航権」は認められていない。 「国際法では、外国の軍用機が領空を侵犯した場合、これを退去させ、または強制着陸させる措置をとり、それに従わない場合、撃墜することも認められています。 実際に、2014年にはシリアのミグ29が、2015年にはロシアのSu24が、それぞれトルコ領空に侵入し、トルコ空軍によって撃墜されています。それに対し、あのプーチン大統領でさえ何もできませんでした。領空主権の侵犯はそれほど重大な国際法違反なのです」 今回、日本政府は中国側に厳重な抗議を表明。織田氏は「抗議はもちろんですが、再度領空侵犯されたときの対応を確実にすべきだ」と、語気を強める。 「領空侵犯に対しては、自衛隊法第84条で『強制着陸または領空から強制退去させるため必要な措置を講じることができる』と規定されていますが、それだけで領空侵犯を防ぐことはできません。 領空侵犯を冒している外国機を発見した場合、現状でも認められているのは、自衛隊機がスクランブルをかけ、領空侵犯機の確認、領空を侵犯している旨の警告、領空外への退去または自衛隊基地等への誘導、さらに相手機に照準を合わせない機関砲での信号射撃(警告射撃)までです。 しかし、侵犯機がそうした措置に従わない場合、『武器使用』つまり撃墜できるという規定は存在しません。もちろん、すぐに撃墜するわけではなく、『撃墜されるかもしれない』という危機感を相手に抱かせることで領空侵犯を防ぐことができるのです。しかし、現状では『撃墜されるわけがない』と、敵が高をくくっている可能性があります」 ■撃墜が “不可能” になった経緯 じつは、日本でも1954年に自衛隊法が制定された当初は、領空侵犯した外国機を撃墜できると考えられていた。 「領空侵犯に対する措置の大部分は公海上でなされるため、国際法で律すればよいとされ、権限規定は設けられませんでした。しかし、その後の国会審議などで、『規定がなければ自衛隊は動けない』との解釈が定着したのです。 その後、第84条に権限が含まれるとの政府答弁をおこないましたが、法曹界からは異論が出ています。いわば法制度の欠陥が、日本の防衛体制の不備につながっているのです。 法的根拠が不明確なままでは、現場は毅然と対応することはできません。一刻も早く、領空侵犯を繰り返せば撃墜できるという明確な規定を策定すべきなのです」 尖閣諸島周辺は、すでに、ほぼ中国の実効支配下にあると、織田氏は言う。これは、どれほど危険なことなのだろうか。 「実効支配が空にまで及ぶと、尖閣諸島の施政権は中国にあると国際社会が判断することになる。日米安保条約の第5条では『日本の施政下にある領域に対する攻撃は日米で対応する』とありますが、日本に施政権がない状態になれば、中国から攻撃されても米軍は対応できなくなるのです」 織田氏が、強い口調で苦言を呈するのは、過去の苦い体験があるからだ。織田氏は、2016年6月、中国軍の戦闘機が尖閣諸島周辺で危険な挑発行動を繰り返し、一触即発の事態になっていることを論文で明かした。当時、大問題となったが、政府は事態をもみ消そうとし、織田氏の告発を完全に否定した。 「しかし、それ以降、中国軍の活動はおとなしくなりました。おそらく、軍の暴走が習首席の耳に届いたのでしょう。今回の件で、当時のように政府が情報を隠しているとは思いませんが、正確な情報を公にすることこそ、相手の行動をエスカレートさせない抑止力になるのです」 このままでは尖閣諸島が中国に実効支配される日が来る。いや、もうされているのかもしれない――織田氏の危惧は、政治家に正しく伝わっているのだろうか。