もしも「地球外生命」が見つかったら…原始地球で繰り広げられた「生命誕生のシナリオ」は、どう塗り替えられるのか
「地球最初の生命はRNAワールドから生まれた」 圧倒的人気を誇るこのシナリオには、困った問題があります。生命が存在しない原始の地球でRNAの材料が正しくつながり「完成品」となる確率は、かぎりなくゼロに近いのです。ならば、生命はなぜできたのでしょうか? この難題を「神の仕業」とせず合理的に考えるために、著者が提唱するのが「生命起源」のセカンド・オピニオン。そのスリリングな解釈をわかりやすくまとめたのが、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏の『生命と非生命のあいだ』です。本書刊行を記念して、その読みどころを、数回にわたってご紹介しています。 地球外生命の探索が行われてきましたが、なぜこうした他の天体に、生命の痕跡を求めるのでしょうか。生命探索の原点に立ち返ってその意義を考えてみます。 *本記事は、『生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
地球の化学進化のヒントとなるタイタンの大気組成
地球での生命誕生の痕跡は、現在の地球上にはまったく残っていません。そのため、化学進化の過程を議論するためには、実験室内で模擬実験をしたり、計算シミュレーションをしたりする方法が主流になっていますが、天体という大きなスケール、長 い時間で実際にどのようなことが起きるかを知るには、それらでは不十分な点が多々あります。そこで、他の天体に注目するわけです。 自然界でどのような化学進化が起きうるのかを考える手がかりとして、最も有力視されている天体はタイタンです。 大気中の窒素とメタンから、さまざまなエネルギーによって、どこでどのような有機物ができるのかをカッシーニ計画で調べたところ、高度950km以上の高層大気で、波長が短い紫外線により、高分子量の複雑な有機物(カール・セーガンがいう「ソーリン」)が生成していることがわかりました。 また、もう少し下方(高度数百km)でも、土星の磁気圏の電子によるプラズマ放電でソーリンが生成していて、これがタイタン上空で観測されている「もや」の材料であると考えられています。 そして、より大気の濃い対流圏(高度50km~地表)では、主要なエネルギーは宇宙線になります。宇宙線を模した高エネルギー陽子を窒素・メタンに当てた模擬実験でも「もや」ができること、この「もや」の成分もソーリンであることがわかりました。 つまりタイタンでは、超高層大気、高層大気、低層大気のそれぞれでエネルギーは異なるものの、高分子量の複雑な有機物が生成可能なことがわかったのです(図「タイタン大気中での化学反応のエネルギー」)。これは地球での化学進化を考えるうえで大きなヒントになります。 ほかには、エンケラドゥスから噴き出した有機物や、将来のエウロパ探査で調べられる有機物なども、化学進化の重要な証拠になる可能性があります。 ただし、もしもこれらの天体の地下海に、生物の存在が確認された場合には、生物が有機物の成因となっている可能性を考えなくてはならなくなります。火星の地下の有機物の場合も同様ですが、そうなったときは生物起源か、非生物起源かを考える必要があるでしょう。