有明を熱狂させた2時間4分の“錦織劇場”!「この中でプレーできたのは気持ち良かったですね」<SMASH>
美しい弧を描くフォアのストロークが、チリッチのラケットを弾くようにして勝利のポイントが決まった時、満員の客席から、悲鳴に近い大歓声が沸き上がった。 【画像】ジャパンオープンテニスチャンピオンシップス2024本戦がスタート!初日の厳選ショットフォトギャラリー 最終スコアは、6-4、3-6、6-3。ジリジリとした神経戦で始まり、数少ないチャンスを取り切る緊迫感と安堵。直後に訪れた劣勢の時間帯が生む、不安と疑念。そこから再びプレーの質を一気に上げ、フィナーレに向けて加速する高揚感と歓喜。6年ぶりの参戦を待ちわびた1万人の観客が、2時間4分の”錦織劇場“に魅了された。 男子テニスツアー「木下グループジャパンオープン2024」初戦を控えた錦織圭に、さほど緊張はなかったという。ただコートに入る直前、「チケットは完売」と聞き、「ドキっとした」と笑う。前日にダブルスの試合をやっていたとはいえ、シングルス戦の緊張感は、また別だ。ましてや相手は、これまで幾度も大舞台で対戦を重ねてきた、同世代にして盟友もと呼べる、マリン・チリッチ(クロアチア)。胸に期すものは、当然大きかっただろう。 試合立ち上がりで、「少し守備的だった」と後に振り返るのは、そのような精神面も影響しただろうか。長身のチリッチがフラットで叩く低い軌道の強打に、自分から攻められなかったと感じてもいたという。それは復帰してからこの半年ほど、そのようなタイプの選手と対戦することが少なかったことにも起因した。 「プレーの早さと球の速さなど、今の若い選手にはないものを持っている」と、錦織はチリッチに敬意を表する。その球威と展開に押され、序盤は「なかなか、バックでライン(ストレート)に持っていく勇気がなかった」とも振り返った。 そのようにストローク戦ではやや劣勢に回った錦織を、特に序盤で支えたのは、サービスだ。デュースサイドからワイドに鋭く切れていくスライスサービスと、ピンポイントでセンターに叩き込むそのコースや球種の打ち分けに、チリッチは対応しきれない。しかもファーストサーブの確率は、常時70%を記録する。 サービスゲームが安定すれば、リターンゲームでリスクに挑む余裕が生まれ、相手にはプレッシャーが掛かる。第1セットゲームカウント4-4のリターンゲーム。錦織はフォアの逆クロス、そして「なかなか打てなかった」というバックのダウンザラインで立て続けにウイナーを奪う。このゲームをブレークし、第1セットを奪取した。 実はサービスは錦織が、先週から改良してきた点だという。テイクバックやトスの位置を修正し、身体が前に入りやすい癖を直した。結果、「復帰してから一番良い」サービスが打てた事実に、「自分でも本当に驚いたくらい」と素直に打ち明けるほどだ。 第2セットは逆にお互い少ないチャンスをチリッチが取り切り、ファイナルセットの第1ゲームでも、チリッチがブレークポイントを握った。 ただこの局面でも、好調のサービスがモノを言う。ワイドへ叩き込み声を上げたサービスポイントを皮切りに、3連続サービスウイナーでゲームキープ。これで相手に傾きかけた流れを断ち切ると、並走状態で迎えた第6ゲーム。チリッチの一瞬の集中力の綻びを見逃さず、錦織が値千金のブレークをもぎ取った。 こうなると、ファンの声援と願いを味方につける錦織の流れは、もう止まらない。 「試合後半は、バックのラインだったり、フォアも思い切っていけた」 相手が強打を叩き込むほど、タイミングを早めて振り抜く錦織のラケットから、次々に美しい黄色の軌道が描かれ、相手コートのライン際を捕らえる。終わってみれば、トータルポイント獲得数は、78対79で相手が上。それでも勝利は、錦織圭。この1ポイントにこそ、彼の真骨頂が光る。 「こうやってお互い年齢重ねても頑張ってる相手と戦えるのは、すごく意味のあること。プラス、このお客様の中でプレーできたのは気持ち良かったですね」 郷愁交じるチリッチとの熱戦を終え、錦織が言う。見る者を引き込む錦織劇場は、まだ、有明コロシアムで続いていく。 取材・文●内田暁