密造ワインにハズレなし… 「禁酒国イラン」の驚くほど充実した飲酒事情 呑兵衛たちが集う『イランの地下世界』
「厳格なイスラム教国」というイメージがあるイランだが、教義で禁止されているアルコールをひそかに楽しむ人は多いという。強権的な政府の下でたくましく暮らす市民の実生活を描いた『イランの地下世界』から、意外に種類豊富な酒類や吞兵衛たちとの飲み会事情を紹介する。 【画像】密造ワインにハズレなし… 「禁酒国イラン」の驚くほど充実した飲酒事情 呑兵衛たちが集う『イランの地下世界』 ※ この記事は 『イランの地下世界』からの抜粋を編集したものです。
吞兵衛に国境なし──禁酒国でたしなむ酒の味
イランでは酒は違法であることに変わりはないが、薬物ほど暗いイメージはない。何しろイスラム革命前はイランでも飲酒は合法で、大都市にはバーやキャバレーなどが立ち並ぶ繁華街だって普通にあったのだ。 そうした文化の名残もあって、テヘランのような大都市では、よほど敬虔なムスリムや、体質的にアルコールを受け付けない人を除けば、ほとんどの人が多かれ少なかれ酒をたしなむ。 といっても、酒を販売または提供してくれるような店は当然ないので、こちらも薬物と同様、売人とコンタクトを取って、こっそり手に入れるのが基本だ。酒が欲しいときに売人に電話をすれば、いつでも自宅まで配達してくれる。 売人は吞兵衛の友達を通じて見つけるのがいちばん確実である。馴染みの客からの紹介となれば、向こうもぼったくったり、変な酒を売りつけたりすることはできないからだ。 ときどき、たまたま乗り込んだタクシーの運転手から、「酒が欲しかったら俺に連絡しろ」と電話番号を渡されたりするが、こういうのはまず失敗するのでやめておこう。 もちろん、酒は薬物と違って、その気になれば自分で作ることもできる。
ハズレの少ない「密造ワイン」
たいていのイラン人は、郊外や故郷の田舎に「バーグ」と呼ばれる果樹園を所有している。バーグには、季節に応じてリンゴ、モモ、イチジクなど様々な果物がなる。 彼らは休暇ともなれば、こうしたバーグまで足を運び、果樹の手入れや収穫がてら、親戚や友人と一緒にバーベキューをしたり、お茶を飲んだりしながら過ごしている。それ自体は実に優雅で、健全なレクレーションだ。 ただし、バーグには当然、ブドウも大量にある。しかも、イランの強い日差しをいっぱいに浴びて育ったブドウは、甘くてみずみずしく、最高に美味ときている。 そうとなれば、吞兵衛のイラン人が考えることはただひとつ。そう、このブドウでワインを密造するのだ。 こうして自家製のワインを飲んでいる人もいるし、それを安く譲ってもらって飲む人もいる。やはり原料がいいせいか、密造ワインにはハズレが少ない。 アラク(主に中近東で作られる酒)も干しブドウを原料としているが、こちらは蒸留酒のため、製造には特別な装置が必要で、ワインのように誰でも作れるわけではない。 私は一時期、近所に住むアルメニア正教徒の男性からアラクを買っていた。 キリスト教を信仰する彼らには、豚肉食と同様、飲酒のタブーもないので、ムスリムからは酒造りのプロフェッショナルと見なされている。実際、彼の造るアラクは素晴らしく、風味はもちろん、酔いの回り方も醒め方も文句なしだった。 密造酒としては、ワインやアラク、それにビールが、イランでは広く親しまれている。ただ、密造ビールの多くは妙な甘さがあり、苦みとキレに欠けるので、日本人にはあまりおすすめできない。吞兵衛のイラン人も、たいていワインかアラクを飲みつけている。 密造酒のほかに、主に陸路で周辺国から密輸されるウオッカやウイスキー、缶ビールなどもある。だが、密輸酒はべらぼうに値が張るので、普段の晩酌には贅沢すぎる。どちらかというとパーティー用、もしくは富裕層向けといった感じだ。 ただし、イラン人が毎週末のように開いている親戚同士のパーティーなどで、酒が出されることはない。自分の親など身内の面前で酔っ払うのは、はしたないことと考えられているからだ。そのあたりには、一応ムスリムらしい文化が残っている。 では、いつ飲むかといえば、気心の知れた仲間だけで集まるときだ。
Satoshi Wakamiya