連載『lit!』第118回:LEX、MIKADO、NENE、kZm……強固な作家性を示す国内ヒップホップアルバム
CHAPAHとkZmが映し出す“そこにしかない感情”
■CHAPAH『TAL』 CHAPAHによる新作アルバム『TAL』はとても静的ながら感情の動きを捉えた、内省的で鮮やかな1枚だ。プロデュースにはMAHBIEやPoivreなど複数人を迎えつつ、全体的な世界観を統一させ、的確に言葉を紡いでいく、寂しげでメロディアスな全13曲。感情の奥に沈み込んでいくような1曲目「Curtain」、ピアノのメロディが寂しさを演出する「Mizu」、ジャジーな要素が身をひそめる「Slow Motion」など、情感あふれるビートと日常のスケッチのようなリリックが、見逃されてしまいそうな瞬間や感情を掬い上げる。水や風など、物質的ではない曖昧なものに、人の感情の動きを重ね、それをあたかも視覚的かつ、抽象的に捉えてしまうレトリックは、決してありふれたものではないだろう。そういった詩的な感覚を落とし込むサウンドも、雰囲気だけで流されてしまわないような、多様で豊かな側面を持っている。 ■kZm『DESTRUCTION』 kZmによる新作は前作までのアルバム『DIMENSION』(2018年)、『DISTORTION』(2020年)に続く三部作の最後として位置づけられるようだ。全18曲でドラマチックな展開を携えるボリューミーな本作は、J-ROCKの要素を取り入れながら、都市のクラブミュージックとしての可能性を、ヒップホップの中で探求してきた彼らしいアルバムと言えるだろう。その間にリリースされたEP『Pure 1000%』がインディから時代を遡るサイケデリックな色合いや、現在進行形のベースミュージックの応用まで詰め込む、ヒップホップを通したロックの細分化に挑戦する作品だったことも、この3部作を語る上で見逃せないところだろう。本作『DESTRUCTION』では、ジャージーやアフロ的な要素からJ-ROCK的なメロディセンス、またベースミュージックに即した低音の鳴りを追求した、いわば洗練されたカオスを作り上げている。都市の風景から、その地下で鳴っているだろう音のロマンティシズム、また、言葉を落とし込むようなメロディの寂しさなど、都会的な雑多さの中に、そこでこそ確かに存在する感情を映し出そうとしている気もする。喧騒と感情を持たないシステムの中で人々を跳ねさせること。kZmの音楽的な探究は、そういった極めて現代的な射程を見据えているような気がしてならない。気にしないで遊んだり、メチャクチャなことをやってみたり。そういった自由が抑圧されないでいるような場所を作り上げたことこそ、この3部作の達成なのではないだろうか。
市川タツキ