連載『lit!』第118回:LEX、MIKADO、NENE、kZm……強固な作家性を示す国内ヒップホップアルバム
2024年、後半に突入したところで、国内でも様々な角度から、ヒップホップの優れた新作がリリースされ続けている。人々は“アルバム”という形式に対してどれだけ敏感なのだろう。だが、EP、ミックステープといったものも含めたまとまった音源で、世界観を統一し、今の自分のカラーを打ち出すものが確実にある。そういった点で、シングルを追っているだけでは見えないような何かが潜んでいるのも事実だ。今回紹介する5枚もそれぞれのカラーやスタイルを強固にするような作品である。 【写真】ゆるふわ NENE、カメラを見つめるソロショット ■LEX『Logic 2』 一般的な、現代社会におけるプライオリティはいったん傍に置いておいて、LEXのこのアルバムを聴いてみよう。メンタルヘルスとそれに対するセルフラブ、ロイヤリティに対するささやかな羨望と皮肉、生々しくうなるような声とスライムのようなラップの粘着性は抑揚を湛えていて、いつものLEXの音楽の魅力が詰まった作品のように思える。時に華やかで、時に鮮烈なLEXの音楽は、ヒップホップから派生し、いつでもポップミュージックに転換できるような可能性を持っていながら、一つの意味やわかりやすさに集約されていかないような何かがある。ましてや、ここまで来れば、自身でそれを拒んでいるようにも聴こえる。「力をくれ (feat. ¥ellow Bucks)」のような激しいヒップホップナンバーから、寂しげな「パンケーキ」、ポップロック的なメロディが爽やかになる儚い「Control」、そしてラストで「明るい部屋」(LEX & LANA)にたどり着く構成によって、ドラマチックな要素が周到に用意されている。光を求めるLEXの冒険を辿っていくような作品性は、曲順を通して味わうことで、得られるものが間違いなくあるだろう。社会の求める姿には絶対ならない。人が敷いたものとは違うレールやルートの存在を指し示す。繊細な一方で、その屈託のなさこそLEXの魅力なのではないだろうか。 ■MIKADO『Re:Born Tape』 和歌山を拠点とするラッパー MIKADOのミックステープは出色の出来。自ら歩んできたハードな背景に基づいたリリックがアンダーグラウンドな色を出し、ストリートミュージックとしてのヒップホップの側面を全面に出しているのが特徴的だが、同時に、レイジミュージック以降の浮遊感をベースに、柔軟なフロウで展開を紡いでいく、自らの音楽的なスタイルをより強固にしていっている印象がある。TOFUと組んだアルバム『New Vintage』にもその感覚が顕著だったが、一人のビートメーカーと組まない完全なるソロである本作においても、自らのオリジナリティを強く出す姿勢は見逃せない。自らのコミュニティの中でのスラングを発展させ、拡散させていく「言った!!」の存在は今年の国内ヒップホップのトピックの一つであることは明白だが、同語の反復により、一つの単語に多義的な側面を包括するスキルは、他の曲にも垣間見え、彼の魅力であることを再確認する。また、「Tears」のようなエモーショナルな楽曲における上向いていくラップの速度も含め、曲ごとの展開のつけ方にも耳が惹かれる。Playboi Carti以降のレイジミュージックが持ち合わせていた浮遊感と詩情を、日本語ラップ的なライミングで再現しながら、フッドに還元される音楽としてのヒップホップを堂々と打ち出す、紛れもない傑作である。 ■NENE『激アツ』 Koshyが全曲プロデュースを手がけたNENEによるコンセプトアルバム。ヒリヒリするようなトラップナンバーが並ぶ中で、時折顔を出すNENEの妖艶な感触は、作品に独自の色を与えている。改名後のアルバム『NENE』(2017年)やEP『夢太郎』(2020年)がメロディアスな仕上がりだったのに対して、今まで以上にラップアルバムとしての強度を追求した本作の苛烈さは特異にも聴こえるが、自らのR&B的な要素も決して切り離しているわけではなく、独自の個性を高めている。特に、WatsonとDADAが参加した「ヘビー」やYoung Cocoが参加した「ヤミー」は、そんな彼女の特性がわかりやすく出た楽曲と言えるだろう。koshyのトラックは、NENEが暴れられる場所を十分用意しながら、一貫したムードの中に多様な遊び心を秀逸に注ぎ込む。プロデューサーとラッパーの理想的なコラボレーションを見られる作品としても、見事な出来と言える。