「とても長い上り坂のようでした」“旅立ちの答辞” 新型コロナに能登半島地震に…被災地で卒業式
体育祭では、大声を出して応援し、団のために汗を流し、互いを認め合うことができました。後片付けをしながら、大きな達成感を感じていたのは、私だけではないはずです。1人では絶対に味わえなかった達成感がそこにはありました。 仲間と苦労しながら準備をしたからこそ味わえた最高の学校祭。校長先生が日頃よくおっしゃる言葉「やればできる」を身をもって体験しました。 ■高校入試が迫る緊張感のなか「私たちを襲った震災」 冬休みに入り、入試が迫りくる緊張感を感じながら迎えた年明け。1月1日能登半島地震が私達を襲いました。水や電気が止まり、普段通りの生活ができない。それだけでなく、休校により、3学期が2週間も短くなったことは、受験生の私達にとって大打撃でした。「勉強できない」焦りや不安が募る中、私達を力づけてくれたのは、やはり「やればできる」という言葉でした。あれこれ考えても何も変わらない。「前を向いて、とにかく行動しよう。やればできるんだ」と自分に言い聞かせそのとき自分ができることを精いっぱいやりました。 学校が再開し、先生方や仲間と再び会うことができたときの気持ちは忘れられません。決して順調とは言えない、上り坂のような3年間。その分、気づかされたことがあります。それは私達を支えてくれる人のありがたさです。 例えば、私達の不安を吹き飛ばすエネルギーで学校祭を盛り上げてくれた後輩のみんな。コロナによる制限の中、通常通りとはいかない。難しい状況でも、修学旅行や部活動の大会など、私達に様々な経験をさせてくださった。先生方や職員の方々。地震の後も変わらず、通学路に立ち、登校時の安全を守ってくださる、地域の方々。そして、ときに喧嘩をしながらも、ここまで育ててくれた家族。地震という困難の中でも、私達が自らの道を進めるよう、支え、励ましてくれました。 この中学3年間の長くて急な上り坂を登り切れたのは、自分1人の力ではありません。何度も転びそうになったけれど、そのたびに支えてくれた全ての人たちの力があったからこそ、136名全員が、今日のこの日を迎えられました。今、心からの感謝を込めて伝えます。本当にありがとうございました。