10キロ増量、丸刈りも笑顔で…唐田えりか(27)がオーディションで『極悪女王』長与千種役に抜擢された深い理由
感情も自然に溢れてくるようになった
準備当初は2キロのダンベルしか持ち上げることができず、でんぐり返しも満足にできなかったが、やがて70キロ近い重量を持ち上げるようになり、サソリ固めやフライングニールキックなどのプロレス技を習得した。 準備期間から出演者たちは、どんどん役柄にのめりこんでいった。なかでも、のめり込み方が激しかったのが唐田だった。準備期間からプロレスラーのマインドを身につけていったため、試合での悔しさや嬉しさなどの感情も自然に溢れてくるようになった。 クライマックスの髪切りマッチでの撮影後、唐田は悔しさのあまり、家に帰ってもずっと泣いていたという。「プロレスを演じる」という意識を持ち続けていた剛力彩芽とは好対照だ(Lmaga.jp 2024年10月5日)。
長与からの言葉「唐田さんは長与千種でした」
剛力は、唐田のすごさは「目」にあるという。「彼女の目の輝きは芝居をこえています。相手選手を睨んでいる視線や、『立ち上がれよ』と言うシーンの目は鳥肌が立ちます」(Lmaga.jp 2024年10月5日)。プロレススーパーバイザーを務めた長与千種も「目で語るっていうのはプロレスラーにとって最大の武器」(WEBザ・テレビジョン 2024年9月26日)とした上で、唐田に「目がとてもいい。目で十分に語れる人」と賛辞を送っている(マイナビニュース 2024年10月6日)。 途中からは唐田が若い頃の自分にしか見えなかったという長与は、このような言葉を送った。「唐田さんは長与千種でした」(シネマトゥデイ 2024年10月6日)。長与千種を演じたいと思い、血まみれになり、丸刈りになりながらも、長与千種になりきった唐田は、長与の現役時代を知るプロレスファンからも絶賛を受けている。
マザー牧場でスカウトされて芸能界入り
1997年、千葉県君津市出身。17歳のとき、アルバイトをしていたマザー牧場でスカウトされたのがデビューのきっかけだった。そのまま事務所に所属し、翌年にはドラマ初出演。オーディションを勝ち抜いて大手損保会社のCMに抜擢されて一気に知名度が上がった。 当時の売りは事務所の先輩である有村架純も絶賛した「透明感」。もともとモデルに憧れていたが、やがて女優を志すようになる。18歳のとき、永野芽郁主演の深夜ドラマ『こえ恋』にメインキャストの一人として出演、事務所社長と二人三脚で演技の猛特訓を重ねて撮影に臨んだ。しかし、すぐに壁にぶち当たってしまう。 オーディションでは連戦連敗。落ちるたびに自分を否定された気になり、自分には芝居などできないと完全に自信を失っていた。つらくて仕方がなく、毎日泣き暮らしていたという。唐田は、この頃のことを「暗黒時代」と表現していたが、さらに大きな暗黒期がこの後やってくるとは知る由もない。 「この仕事を辞めたい」と事務所や家族に伝えた直後、唐田はあるオーディションを受けることになる(anan NEWS 2018年12月9日)。それが映画『寝ても覚めても』だった。 東出昌大との共演直後に「自分を押し殺したくないし、正直でいたい」と発言…唐田えりか(27)が放つエネルギーの正体〈『極悪女王』が話題〉 へ続く
大山 くまお
【関連記事】
- 【続きを読む】東出昌大との共演直後に「自分を押し殺したくないし、正直でいたい」と発言…唐田えりか(27)が放つエネルギーの正体〈『極悪女王』が話題〉
- 【画像】「二の腕は筋肉で盛り上がり、お腹も…」オーディションから10㎏増の“最終形態”を披露した唐田えりか
- 「お母さんに家を買ってあげたい」だけじゃない…極悪女王・ダンプ松本(63)が「ヒールレスラー」の道を選んだ“もう1つの理由”「怖い外国人選手と闘うのは嫌だなぁ~って」
- 年賀状に一番書かれた文字は「死ね!」、割れたビール瓶でいきなり襲われかけたことも…“日本一の嫌われ者”になった女子レスラー・ダンプ松本(63)の人生がヤバすぎた
- 【写真あり】「あまりにも奇抜すぎる髪型」のせいで当時の恋人とも破局…ブル中野を“女子レスラーとして一人前”にした伝説の髪型「半ハゲ」スタイル誕生秘話