オーバーツーリズムになる前に観光プロモーションをやめた「ノルウェー」から世界が学べること
生活に不可欠な、そのままの自然
ノルウェーの冬は年に約6ヵ月間と長い。日照時間は南部で日に5~6時間、北部では一日中太陽が上らない極夜が何ヵ月も続く。寒く、厳しく、暗い冬を乗り切るには、自然とアウトドアでの活動が必要だ。雪の斜面をスキーで滑り降りたり、森の中をクロスカントリーで滑り抜けたりするのは、自宅に閉じ込められているよりずっと好ましい。 しかし、観光化が進めば、それを続けるのも難しくなるだろう。観光地となったアルプス山脈の村々は混雑し、交通渋滞が起こるようになり、ハイキングコースやスキーの斜面はダメージを受けている。 ノルウェーでは、大勢の人がやってくることで景観が崩れ、自然が悪く利用されるかもしれないことを人々は恐れている。特に、ノルウェーでは、「誰もが所有権を持つ」と呼ばれる法律と、長年の伝統のおかげで、国土の大部分を自由に誰もが歩き回れる。所有者がいる土地でも誰もが原野を自由に歩き、キャンプをする権利があるのである。ただしキャンプには条件があり、最長2日間で、家や小屋から150メートル離れた場所にテントを張らなくてはいけない。 他にもノルウェートレッキング協会には独自の伝統がある。同組織は全土に数百ある小さな小屋を、会員に1泊300クローネ程度(約4000円)と、非常に安価に貸し出している。これらの木造小屋はたいてい人里離れた風光明媚な場所にあり、簡素だ。暖房も水道もなく、トイレは屋外に設置されていることがほとんどである。 利用者には現状復帰が求められ、清潔に保ち、壊したら修理しなくてはいけない。だからこそ手入れが行き届き、愛されている。外国人も協会の会員になれ、これらの小屋を利用できるが、その事実を国際的には宣伝しないと同組織は決めたそうだ。
石油で世界を汚し、自分たちの自然は守る
ノルウェーは世界第5位の石油輸出国であり、だからこそ潜在的な観光収入に依存しないで済むという面もある。ノルウェーの政府系ファンドは世界最大で、観光業が重要な国家収入源となっている国とは違う。そこにあるのは、温暖化を招く石油を売りながら、森や山の保護に執着しているという皮肉だ。 そう考えると、今回の観光キャンペーン中止の意味は深い。化石燃料を主な財源とするという特権を維持しつつ、自分たちの自然を守ろうとするというジレンマをノルウェーは抱えているのだ。 ノルウェー人が自然や遺産を強く守ろうとする背景には、人種差別やナショナリズムがあるように思われるかもしれない。しかし、重視されているのは、観光客がどこ出身かより、彼らが自然や地元の伝統を尊重するかどうかだと主張したい。 多くのノルウェー人がアウトドアを好むのは、ほとんど宗教のようなものだ。それだけに、気候危機への対応は自然を妨げるものであってはいけない。たとえば、ノルウェー政府は、長年全国各地に陸上風力発電所を設置しようとし、より多くの再生可能エネルギー生産を目指してきた。しかし、これらの構造物は自然環境にダメージを与えるとして、地元の人々による反対に遭ってきた。
Shazia Majid