“親ガチャ”にはずれた少年が星をつかむまで:パティシエ元世界王者の実話を映画化した『パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ』
育った環境が生んだ味覚の哲学
―あなたは超高級ホテルや三ツ星レストランはもちろん、ルイ・ヴィトンやショーメといった高級ブランドとのコラボレーションなど、ラグジュアリーな世界で仕事をしてきました。恵まれない家庭で育ったことが不利だと感じたことはありますか? 「逆に強みだと思っています。私は味覚について超シンプルなビジョンを持っている。それは私の庶民的な出身から来ています。私が作るお菓子は、誰もが好む味です。私が味見をして確かめるのはたった1つのことです。里親のおじさんとおばさんが理解できて、気に入ってくれる味かどうか。彼らは美食については何も知りません。おいしいものを食べるのが好きなだけです。2人は私の仕事にとって重要な基準なんです」 ―シンプルさ、それがあなたの菓子職人としての哲学なんですね。 「私は素材の組み合わせと食感について高度な探究を重ね、シンプルでピュアな味を追求してきました。私と同じような“庶民の化学”に通じていないシェフは、たくさんの材料を混ぜる傾向があります。ビーツにコリアンダー、ローズマリー、柚子、わさび、しょうが、ごま…。口に入れた瞬間、何がなんだか分からない。でもお客さんが無知なわけじゃありません。出されたものが突拍子もないだけです(笑)」 「私の菓子作りの哲学は、3つの風味には3つの素材、それだけです。これを私に教えてくれたのは、ジョエル・ロブションでした。日本をはじめ世界中にレストランをオープンして、世界で最も多くの星を獲得した偉大なシェフが違いを見せつけたのは、シンプルな“ピュレ”でした。材料はジャガイモ、バター、牛乳の3つだけ。世界中からこれを食べに人々が高いお金を払って集まってきたのです」 ―シンプルに素材の味を追求するのは和食と共通するものがありますね。 「だから私は日本料理が世界で一番好きなんです。もちろん、私が子どもの頃から食べてきたフランス料理は大好きですが、いろんなものが入り過ぎている。有名なブッフ・ブルギニョンなんて、あれこれ入れて15時間も煮込むんです。さっきも寿司屋に行って、目の前で職人さんが1つ1つ握ってくれた寿司をいただきました。所作がとてもエレガントで、いわば食のピアニストだった。味付けは、ほんの少しの塩や醤油に、わさびだけ。シンプルで、ピュアで、クリア。完璧です。私の仕事に対するビジョンとまったく同じなんです」 取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)