「実は主人公がやってたことが…」な名作トラウマゲーム3選 「まさかの主人公がラスボス化」
主人公が向き合う過酷な現実が、プレイヤーも驚愕させる
●『ニーア ゲシュタルト/レプリカント』 2010年にリリースされた『ニーアレプリカント/ゲシュタルト』も、衝撃的な結末でプレイヤーを愕然とさせた一作です。 一見するとファンタジーらしき世界観で、生活は厳しくマモノによる害も多いものの、人びとはそれなりに安全な暮らしを営んでいました。本作の主人公──便宜的に「ニーア」と呼びます──は、Xbox 360版では父親、PlayStation 3版では少年で、病弱な娘もしくは妹の「ヨナ」を支えながら、ささやかに生きてきました。 しかしゲームを進めると、マモノを統べる「魔王」と呼ばれる存在にヨナがさらわれ、行方知れずとなってしまいます。何年もかけてヨナの行方を調べ、魔王の元へとたどり着くニーアでしたが、同時にこの世界の謎も明らかになりました 実は、かつて文明を築いていた人類が存在し、彼らは「白塩化症候群」と呼ばれる病で滅亡の危機にありました。その対処として人類は肉体と魂を分離させ、魂はマモノとなり、肉体はかりそめの「人間もどき」に任せました。病の脅威が去り、再び融合する日を待つために。 プレイヤーが操作していたニーアも含め、この世界に生きる人びとは「人類の偽物」でしかありませんでした。元々の人類にとって、ニーアたちの身体は「自分たちのもの」。返してもらうのが当然と考えても、さほどおかしな話ではないでしょう。 しかしニーアからすれば、命を奪うのも同然の行為です。当然、両者の意志がかみ合うことはなく、戦いで決着をつけるほかありません。ニーアたちを助けるために、元の人類を滅ぼす──そんな決着を、プレイヤー自身の手で行う。その最終戦の重みは、筆舌に尽くしがたいものでした。 ●『ライブ・ア・ライブ』 1994年登場の『ライブ・ア・ライブ』も、その意外な展開が長く語り続けられている作品です。本作は、複数の主人公によるそれぞれの物語を描く群像劇として始まり、最終編では全て主人公が集い、ラスボスとの戦いに臨みます。 そのひとり「オルステッド」は中世編の主人公で、彼が辿(たど)った物語は物悲しいものでした。愛を求めて戦いに臨み、しかし友には妬まれたあげくに彼を失い、苦難の道を乗り越えて助けた姫には「負ける者の悲しみなどわからないのよッ!!」と罵倒されるなど、予想外かつ苦しみに満ちた道のりだったのです。 勇者の如き輝かしい活躍をしながらも、倒すべき魔王はどこにもおらず、ただ感情に翻弄された人間ばかりがいて、最終的に報われることはなにひとつなかった。そんな苦難の道のりは、オルステッドの精神に大きな影響を与えます。 そして、全ての主人公が結集した最終編では、オルステッドは「魔王」となり、本作のラスボスとして登場したのです。彼も主人公のひとりなので、最終編に登場するのも至極当然です。しかし、最終決戦はまさかの「主人公たちvs元主人公」という、皮肉で物悲しい構図でした。 * * * 実は主人公が、夢を終わらせ、かつての人類を滅ぼし、ラスボスと化す。こうした作品があるのも、ゲームという遊びの幅広さゆえといえるでしょう。あなたは、どんな作品で衝撃を味わいましたか?
臥待