師匠から無言で教わった宝物【山本浩之アナコラム】
【ヤマヒロのぴかッと金曜日】 「あなたの、そして私の夢が走っています」。デイリースポーツの競馬ファンにもおなじみのこのフレーズ。競馬実況の神様と言われた杉本清さんの名ゼリフの一つである。 これまでニュース、バラエティー番組を主なフィールドとし、今ではラジオパーソナリティーである私だが、実は杉本アナウンサーこそが私の師匠なのだ。 1985年に関西テレビに入社した私は配属後すぐに競馬班に入れてもらった。競馬場でも社内でも杉本さんの後ろにくっついて行動していたので、競馬関係者の目には付き人のように映っていたかもしれない。毎週末、双眼鏡片手に実況の練習に明け暮れる日々。師匠とはいえ、出来が悪かろうが杉本さんは細かく指導することは一度もなかった。ごくたまに、短い言葉で静かにアドバイスをくれた程度である。 「競馬ファンの気持ちになって声出して」「直線(ゴールまでの400メートル)の追い比べになったら盛り上がってくる心の動きを声にして」って、それをどう言葉にすればいいのだろう?技術うんぬんより気持ちが大事ということはなんとなく分かるけど…。まるで長嶋茂雄さんに教わる野球少年のような心境だった。 「見てくれこの脚!見てくれこの脚!これが関西の期待、テンポイントだ!!」。こういうフレーズが早く言えるようになるにはどうすればいいんだろう…。いくら考えても答えは出てこなかった。いや、出てくるはずもない。杉本さんは「ここでこう言ってやろう」と予定稿を用意していたことなど一度もなかったのだから。 実況アナウンサーは仕事に対する準備をしたら、あとは走る馬たちを追うだけ、追うだけではあるが…。自然体、そして時に熱くなる。「それいけテンポイント。ムチなど要らぬ。押せ~、テンポイント!」。無意識のうちにファンの気持ちに寄り添えるかどうか。それを最も体現したのが杉本さんだったと思う。 「テンポイント先頭。もう一度内からトウショウボーイが差し返す…。勝ったのはテンポイント!中山の直線を流星が走りました。さすがにトウショウボーイも強かった!」。単なるウケ狙いの実況でなく、ファンの思いをその瞬間に言葉に刻む。これが師匠から無言で教わった宝物だ。感性を磨けばこの世界でやっていける…。5年間そばにいてそう思えるようになった。 実はバラエティーや情報番組でも同じことが言える。「とんねるずのハンマープライス」という全国ネットの番組に杉本さんがレギュラー出演し、石橋さんと木梨さんの動きに合わせて、ボソッとひと言ツッコミを入れることでスタジオが爆笑に包まれる。あのとんねるずからも全幅の信頼を得ていたのである。 最初の出会いから40年がたった。25年最初の『ぴかッとモーニング』のゲストは杉本清さん。年が明けるとまもなく88歳。元日の放送が楽しみである。(元関西テレビアナウンサー) ◇山本浩之(やまもと・ひろゆき)1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。