アングル:新型コロナ後遺症に悩む英国の医療従事者、補償を求めて提訴
Emma Batha [ロンドン 10日 トムソン・ロイター財団 ] - 長期間続く新型コロナ後遺症(ロング・コビッド)に悩まされている英国の医師、看護師など医療従事者300名近くが、「コロナ禍のもとで適切な防護措置が提供されなかった」として補償を求め、保健当局を提訴している。 医療従事者らは、深刻な合併症で生活が破綻してしまったと主張している。大半は職場に復帰できず、外出もままならぬ人が多い。 原告団の1人、看護師のレイチェル・ヘクストさん(37)は、「生活が一変してしまった。経済的にも本当に苦しんでいる。貧困状態に陥った人もいる」と語る。 「訴訟を起こしたのは、将来に備えるためにはそれしか方法がないからだ」 新型コロナ後遺症を抱える医療従事者はトムソン・ロイター財団の取材に対し、「皆、コロナ禍の際には最前線で命を賭けていたのに、政府に裏切られた想いだ」と語った。 コロナ禍が最悪の時期には、国民保健サービス(NHS)のスタッフに対して毎週のように公然と謝意が表明されたのに、スタッフが後遺症に悩まされるようになってからの支援はあまりにも乏しい、と彼らは言う。 ヘクストさんは、「ヒーローがただの人になってしまったようだ」と言う。「突然放り出され、見捨てられたんです」。 原告団には医療コンサルタント、医師、看護師、病院職員もいる。多くは借金をするか貯蓄を取り崩して、何とか生活している。 高性能のマスクなど十分な個人用防護具(PPE)が提供されず、薄手の手術用マスク頼みだったことも多いと言う。 原告団の多くのメンバーの弁護士を務めるケビン・ディグビー氏は、「勝訴する可能性は非常に大きいはずだ」と語る。 新型コロナ後遺症に関連付けられている症状は、「ブレイン・フォグ」と呼ばれる認知的機能障害や極度の疲労感、息切れ、慢性的な痛みなど、200以上を数える。 23万人以上の死者を出した英国のコロナ禍への対応については公的調査がまだ進行中であり、今回の訴訟について高等法院での審理が行われるのは、最速でも2026年になるだろう。 イングランドとウェールズの大部分を管轄するNHS各機関を含む被告は、過失や義務不履行を否認している。 <失われた生計手段> ヘクストさんは2020年、イングランド南西部の病院で1日13時間のシフトで働いていたときに新型コロナに感染したと話す。支給されていたのはビニール製のエプロンと両端が大きく開いた簡易マスクだけだった。 現在は聴覚を失い、視力も低下し、関節や運動機能に問題があり、アレルギー症状も深刻だ。動悸が激しくなり、倦怠感が残る症状もある。 母親として2人の幼い息子を抱えるヘクストさんは、以前は子どもたちと海岸に遊びに行き、海水浴を楽しんでいた。だが今は、少し外出するだけでも疲れてしまい、何日も起き上がれなくなる。 「健康もキャリアも、自分のアイデンティティさえも大きく損なわれた。さらにそのうえ、経済的にも苦しくなってきた」とヘクストさんは言う。 4月に行われた公式調査では、イングランドとスコットランドで200万人が新型コロナ後遺症に悩まされていると試算しており、調査回答者の20%近くが日常生活への深刻な影響を訴えているという。 専門家らは、新型コロナ後遺症を抱える医療従事者は数千人に及ぶと考えている。 新型コロナ後遺症を抱える医師約600人を対象に2023年に実施された調査によれば、その5分の1近くが就労不能で、フルタイムで働いているのは3分の1未満だという。 医師による連合組織である英国医師会(BMA)が発表した調査では、新型コロナ後遺症のために半数近くが収入を失ったという。高性能マスクを利用できた医師は少数派だ。 <「裏切られた」という苦い思い> 医師、看護師らはそれぞれ、新型コロナ後遺症を医療・介護従事者の業務上の疾病として認定し、補償への門戸を開くよう政府に要求している。 軍を経てNHSに転職したある病院職員は、コロナ禍中の勤務よりもイラクで従軍していた頃の方が「守られている」感覚があったと話す。 このスタッフの話によれば、個人用防護具の支給は非常に不安定で、新型コロナ専門病棟に勤務する職員・清掃員は、多くの場合、医師や看護師と同レベルの防護具をなかなか利用できなかったという。 新型コロナ後遺症を抱える医療従事者たちは、かつての生活を失った嘆き、深刻な孤立感や、子どもに介護してもらわざるを得ない悲しみを口にする。遠慮なく話をするために匿名を希望した人もいる。 ある開業医は新型コロナ後遺症のために働けなくなり、生涯所得にして250万ポンド(318万ドル、約4億8,500万円)を失ったと試算している。支給を期待できる年金も大幅に減ってしまった。 ある看護師は、新型コロナ関連の合併症が深刻で仕事を辞めざるを得なくなり、ホームレス状態に陥ったと話す。後遺症を抱えつつも16回も転居し、快復は遅れている。 若手医師のなかにはまだ教育ローンの返済をかなり残しており、新型コロナ後遺症のせいでキャリアが途絶したことで、親元に戻らざるをえなくなった例もある。 開業医のエイミー・スモールさん(44)は2020年4月に新型コロナに罹患し、6カ月後に失業した。新型コロナ後遺症を業務上の疾病に認定することを求める運動の先頭に立って活動している。 「非常に苦々しく、完全に裏切られたという思いだ。とても早い時期から新型コロナは空気感染すると主張したのに、誰も耳を傾けなかった」とスモールさんは言う。 労働災害に関する政府の諮問機関は2年前、新型コロナ後遺症の一部の症状を、医療・介護従事者における業務上の疾病と認定するよう勧告した。この機関は先日、一部の運送労働者についても同様の勧告を行った。 公式に業務上の疾病に認定されれば、障害のレベルにより、週44.30-221.50ポンドの労災保険金が支給される可能性が出てくる。だが、政府はまだ対応を明らかにしていない。 BMAと看護師による連合組織「王立看護協会」(RCN)は11月、ケンダル労働年金大臣に、対応の大幅な遅れを批判し、ただちに行動を求める書簡を送った。 BMAとRCNによれば、新型コロナを業務上の疾病として認定している国は50カ国以上に及ぶという。労働厚生省の広報官によれば、認定を促す勧告についてはまだ検討中だ。 BMAで新型コロナ問題を担当するレイモンド・エイジャス氏は、こうした対応の遅れは許しがたいと言う。 「業務のために新型コロナに感染し、結果として生計手段を失った人に支給する額としては、たいした金額ではないはずだ」とエイジャス氏は言う。「国民のために命を危険にさらした人の面倒を見るのは政府の道徳的な義務だ。やがては、法的な義務もあることが証明されるはずだ」 (翻訳:エァクレーレン)