東京都杉並区にある「小さな銭湯」に癒される人たち…『小杉湯となり』が人が集まる“気持ちいい空間”を作り出せたワケ
前回(https://gendai.media/articles/-/123227)、都市部に住む20-60代の有職者男女は約74%がよるべなさを感じており、未既婚による違いは見られず、中年世代でその割合が高いことを紹介した。 【マンガ】約20年前にマイクロソフト株を「100万円」買っていたら今いくら? この背景には、1960年代以降、社会の近代化・市場化が進み、旧来型の共同体から解き放たれ自由になった個人が、つながる相手や所属先を合理的に選ぶようになった結果、人々が互いを、なしている行為や能力がある限りにおいて“価値ある個人”として認め合う、ドライな“条件つき受容”の人間関係が浸透したことがあると考えられる。 人々の「よるべなさ」を和らげるのは、存在自体に対する他者からの“温情的な受容”ではないかという仮説のもと、<【前編】『人生の転換期に「よるべなさ」を抱える中高年が「香川県・豊島」に訪れるワケ…夫や妻でもなく、趣味仲間でもない“つながり”』>に引き続き、人間関係や居場所を再構築しようと挑戦する現場に迫りたい。
【事例2】暮らし共有型コミュニティ「小杉湯となり」
2つ目の事例は、杉並区高円寺にある老舗銭湯「小杉湯」の隣に建てられた、「小杉湯となり」という会員制のシェアスペースだ。 小杉湯で、入浴という“暮らしの一部”を街の人たちに開く良さを実感した銭湯の常連メンバーが中心となって、入浴前後の仕事や食事、くつろぎも街の人たちと共有できる場として企画し、約4年前にオープンした。 小杉湯となりは3階建ての新しい建物で、1階は共同リビングとキッチン、2階はくつろいだり仕事をしたりできる畳の小上がり、3階は予約制の個室になっている。会員は近隣に住む20-30代のリモートワーカーが多いが、中年世代や親子の会員もいるそうだ。 会員たちは、小杉湯となりで日中仕事をしてから夕方銭湯に行き、風呂上がりに小杉湯となりに戻って夕食を食べてから帰宅する、あるいは、会社からの帰宅途中に立ち寄り夕食や団らんを楽しんだ後、銭湯に入ってから帰宅する、などの過ごし方をしているという。 筆者が訪れた日は、小杉湯となりの4周年を祝うイベントで賑わっていたが、食事を取りながら談笑する人たち、PCを持ち込んで仕事をする人など、会員たちが思い思いに過ごしていた。会員たちは、すぐ隣の小杉湯でばったり出くわすことも多い。 実際、小杉湯の脱衣所や待合室で会員どうしが出会って世間話をしていたが、その様子は、まるでシェアハウスの共同浴場で出会った居住者どうしのようだった。 会員たちにとって、「小杉湯となり」がどんな場所なのか、聞いてみた。 自営業の40代男性は、「会社勤めだったが、何度か体調を崩して入院したことがきっかけで独立した。周囲で廃業する人も多い中、3年間自営業でやってこれたことに手応えはあるが、一寸先は闇だと不安になるときもある。ここには週4日ほど来て、主に事務処理作業をやっている。 お風呂は気持ちいいから、みんな好きじゃないですか。その隣に、くつろいだり交流したりできるスペースがあるのは、とてもいい。近隣の同業者はライバルだけど、ここにいる人たちは利害関係が無いので安らげる。たわいない世間話ができると精神的に落ち着く」と語った。 別の30代男性は、「入浴はすごく気分転換になる。仕事で疲れ切っていたとき、小杉湯でお風呂に浸かったり、小杉湯となりで色々な人と話したりして、前向きになれたことが何度もあった。自分のように、“銭湯に救われた社畜”みたいな人は、実は結構いるんじゃないかな」と苦笑いをした。 また、自ら陰キャだと称する30代女性は、「過去にはオンラインサロンなどに参加したこともあるけれど、社交的でアグレッシブな陽キャが多い場は気疲れしていた。 陰キャは、人とつながりたい気持ちと、つながりたくない気持ちが両方ある繊細な生き物。小杉湯となりは、ふらっと立ち寄ると誰かがいて、会話に参加しなくても居心地よくいられる。人の気配がある場所に無理せずいられるのがいいなと思う」と語った。 これらの話から、小杉湯となりは会員たちにとって、暮らしを営む過程で等身大のまま地域の人たちと居合わせることができ、そこで生まれる会話や交流から前向きさを取り戻せる場所であることが伺える。なぜこのような状況を生み出せるのか? 小杉湯となりの運営メンバーの豊嶋さんに聞いてみた。 「小杉湯となりが、暮らしの延長線上にある場だということが大きいと思います。裸になって一緒にお風呂に入ると、お互いに素の人間どうしに戻り、普段の肩書は関係なくなってしまう。 利害関係の無い人たちしかいないことが、安らぎを生んでいます。そして、小杉湯となりは、会員さんが自己受容感を感じられる場所であることを目指して運営されています。 銭湯の小杉湯と同じように、気張らずに行けて、心地よい空間で自分を開放でき、常連さんどうし顔を合わせたついでに会話をしてもいいし、しなくてもいい。他者との接点が用意されていながらも、どのように関わるかは個々人が素直に選べる場であることを大切にしています」 また、会員たちが小杉湯となりに各々の“暮らしの一部”である趣味や得意なことを持ち寄り、他の会員におすそ分けするような動きも広がっているという。 「小杉湯となりの運営スタッフは、会員さんのやりたいことを引き出し、一緒に楽しむことを大切にしています。例えば、柚子をたくさんもらった会員さんがジャムを作る会を開催したり、ウクレレが得意な会員さんがウクレレの部活を立ち上げたりしたこともありました。 そうやって、この場に様々な暮らしが持ち寄られ、混ざり合うことで、会員さんたちの暮らしが豊かになっているように感じます」