もはや単なる「百歳老人」では目立てない! あの「ほとんど神」のご長寿老人を覚えていますか?
神話的な存在だった「百歳人」
百歳人口の伸びは、「百歳本」の歴史を眺めることによっても、実感することができよう。過去を振り返った時、百歳代の有名人と言って私がまず思い出すのは、きんさんぎんさんである。昨今の若い人は知らないだろうが、きんさんぎんさんとは、平成初期にスポットライトを浴びた、百歳の双子姉妹。テレビコマーシャルで、 「きんは、百歳百歳」 「ぎんも、百歳百歳」 と言う二人のインパクトは強力で、きんさんぎんさんについての本はもちろん、写真集も出るなど、一気に人気者になったのだ。 きんさんぎんさんより前に有名になった百歳人といえば、泉重千代さんがいる。鹿児島・徳之島に住んでいた重千代翁は、1979年(昭和54)に世界最高齢の114歳としてギネス認定され、おおいに話題に。『泉重千代物語 不老長寿学の提言』(1985年)等の関連本も出版された。 重千代さんは1986年(昭和61)に亡くなったが、享年は120とされた。しかしその数字は、生まれた時の届けが確かではない等、信憑性に欠ける年齢とされているようである。 とはいえ重千代さんの実際の年齢は、当時の人にとって、どうでもいいことだった気がしてならない。重千代さんがギネスによって世界最高齢と認定された当時、日本の百歳以上人口は937人と、まだ千人に届いていなかった。2022年(令和4)の百歳以上人口のわずか1パーセントしか存在しなかったのであり、百歳人はかなりレアな存在だったのだ。 そんな時代に、南の島に「重千代」という名の百歳超のおじいさんが生きていたならば、それはほとんど神話の世界の登場人物のような存在。その年齢が正しくても正しくなくてもどちらでもよかったのであり、重千代時代の「百」はまだ、「とてもたくさん」という意味を含んでいたのだ。 きんさんぎんさんにしても、同様だろう。きんさんぎんさんがCMに出てブレイクした頃、日本の百歳以上人口は、4千人台。2022年(令和4)の4・6パーセントだったということで、きんさんぎんさんという奇跡の双子もまた、神話的な存在だった。 * 酒井順子『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)は、「老後資金」「定年クライシス」「人生百年」「一人暮らし」「移住」などさまざまな角度から、老後の不安や欲望を詰め込んだ「老い本」を鮮やかに読み解いていきます。 先人・達人は老境をいかに乗り切ったか?
酒井 順子