Netflix、国内加入者1000万突破。国内コンテンツ製作責任者に聞く「10年弱のあゆみ」
来年は、Netflixが日本市場に参入してから10年の節目だ。 それに先駆ける形で、同社は、2024年上半期に、日本での加入者が1,000万を超えていたことを公開した。 【この記事に関する別の画像を見る】 300万人を超えたのが、スタートから3年が経過した2019年9月。2020年9月にはそこから200万加入を追加して500万を超えたことを発表している。そしてそこから4年が経過した今年、さらに倍となる1,000万加入の大台を超えたことになる。 このタイミングで、Netflixで日本コンテンツを統括する坂本和隆氏に話を聞き、Netflixが日本で苦しかった時から、「地面師たち」などの大ヒットが続く今年までを振り返ってもらった。 ■ アニメから実写まで、日本作品が世界でヒット 「いまは歴史上、一番コンテンツが作られている時代かもしれません」 坂本氏はそう切り出した。その意見には筆者も同意する。過去には映画・演劇が主軸であり、その後にテレビ放送が生まれた。 その後にテープ、ディスクによる「セルメディア」「レンタルメディア」のビジネスによって、作品をライブラリ化するようになり、コンテンツ数の爆発が起きた。 だが、その後に来た「サブスクの時代」で、さらに劇的に作品数が増加することになる。 理由は2つある。予算が集まってその分作品が増えたこと、そして「ハリウッド以外から多数の作品が、世界中に供給されるようになったこと」だ。 日本のNetflix作品のヒットと増加も、まさにこの「ハリウッド以外から世界へ」の流れの中にある。 現在は日本のアニメが多くの国で見られるようになっている。12月2日の段階では、Netflixのグローバル視聴時間ランキングでも、「非英語」「テレビ番組(映画以外)」に『ダンダダン』が、1週間に300万ビューを集め、6位に入っている。 そして、実写作品でも今年はアタリ年となった。 『シティーハンター』は4月22日の公開週、「非英語」「映画」部門のグローバル集計でトップに入っている。 この他にも、今年の作品では『忍びの家 House of Ninjas』『地面師たち』が日本以外の国でも視聴ランキングトップ10に入ったという。 非英語作品で集計した場合、2023年の視聴量は韓国語・スペイン語に続き、日本語作品は3位であったという。これが2024年上半期になると、韓国に続いて「2位」になった。 Netflixはグローバルと各国で毎週トップ10に入った作品を公開している。そして、そのデータは2021年6月28日以降の分がすべて、TSVもしくはエクセルのデータでダウンロードできる。気になる方はダウンロードして、検索や集計を自分で行ってみてほしい。人気国の状況がまた別の角度から見えてくる。 以下は筆者が『シティーハンター』について、各国で「トップ10入りしていた週」で集計した結果だ。日本や香港、台湾での人気が高いが、モーリシャスやナイジェリアでの人気も高く、幅広い国でトップ10入りするほどであったことが確認できる。 ■ ローカルファーストからグローバルへ これらの作品、特にNetflixオリジナル作品には共通の特徴がある。 坂本氏はその特徴を「ローカルファーストからグローバルへ」という点だと説明する。 過去、グローバルヒットを飛ばす作品は「世界のどこでもヒットするように、幅広いターゲットにマーケティングしたもの」と言われてきた。 だがNetflixのコンテンツ作りではそうした施策は取られていない。現在は「コンテンツを制作する国でヒットする作品」をまず目指し、それが他の国でもヒットしていく……という流れを目指す。これは日本だけの話ではなく、韓国なども含めたNetflix全体での施策。もちろん国によって予算規模の大小はあるだろうし、作り方にも違いはある。 だが、日本で作られた作品が「まず日本でのヒットを目指したもの」であるのは間違いない。 例えば日本のオリジナル実写作品の場合、前出の『シティーハンター』は国内で3週連続一位、『忍びの家 House of Ninjas』は4週連続1位であり、海外でも視聴が拡大した。 9月から配信が始まった『極悪女王』も3週連続1位となっており、出足は好調だ。 ローカルファーストは同社にとって基本だが、そこでヒットするものには「結局、オーセンティック(本物、模倣でない)な価値があり、それが自ずと全世界に広がっていくと考えている」と坂本氏は言う。 そして、今年国内でいちばんのヒットとなったのは『地面師たち』。6週連続1位を獲得し、思わず「もうええでしょ」と言ってしまう人を多数生み出した。 Netflixでは、このような「番組を離れてコンテンツが一人歩きし、バズを生み出す状況」を「Netflixエフェクト」と呼んでいるそうだ。 特に最近は、SNSでのバズが重要になっており、キャラの真似をすることや公式動画の再生回数上昇、出演キャストのSNSでのフォロワー数上昇などは、番組から派生したものでありつつ、番組の価値を高めるものでもある。 Netflixエフェクトという言葉は、元々は海外記事で使われたものだという。正直ちょっと大袈裟かな……と筆者は思う。 だが、作品がヒットするということは、他のメディアで引用され、それを皆がわかる・面白がるということにつながる。古今のヒット作はみなそのような流れを辿るものだと思う。 配信はマイナーなもので、テレビなどもとりあげないもの……というイメージがまだある人もいるかもしれないが、もはや「ヒットが生まれる場所」としては他のメディアと変わらない。むしろより勢いがあるくらいだろう。 もちろん、人口をベースとして考えると、「1,000万加入」は道半ば……というところかと思う。 日本には2022年の段階で約5,600万世帯が暮らしている。地上波を100%に近い世帯がなんらかの形で見ていることを考えると、まだ伸びしろはある、と考えるべきだろう。当然その中では他社との競合もあり、「いかにヒットを連発して存在感を出すか」が重要になる。 ■ 統計を超えて「人に話したくなる」作品を では、「Netflixエフェクト」を産むコンテンツは、どのような方針で作られているのだろうか? 「昭和なやつがウケるってことですか?」という質問には「いや、狙ってはいないんですが……」という苦笑が返ってきた。 坂本氏の答えは「人に話したくなる作品」だ。 坂本氏(以下敬称略):成功の方程式はないので、これは自分自身の考えですが、まずやっぱり人に話したくなる作品。これは強いですね。 「これ見た?」「あれ見た方がいいよ」というような会話を生み出す作品性はとても重要です。 特にNetflixのようなクローズメディアにおいては、それが如実に必要になるのではないかと考えます。 ではどういう時に伝えたくなるのか? それはやっぱり「まだ見たことないもの」。それは映像表現のアプローチかもしれないですし、キャラクターを通した物語のコンセプトかもしれないですが。まだできていない部分、語られてない部分を、クオリティともにお届けするってことがとても重要だと思います。 具体的に例で言うと『ボーイフレンド』。日本にLGBTQカテゴリーでの恋愛リアリティショーはありませんでした。 『あいの里』のような、35歳から60歳以上の方たちをターゲットにしたキャスティングの恋愛リアリティーショーもありませんでした。これまで恋愛リアリティショーは、どちらかというと若者がキャスティングの中心だったと思うんですけども、僕たちとしては、違う層にも物語があるんじゃないか、と考えたんです。 結果的にそこから、オーディエンスがまだ見ていない、プラスアルファの体験と感情移入につながっていくのだと思いますね。 「まだ見たことがない」ということと同時に「多くの人が知っている」ことも重要です。 例えばシティーハンターは多くの人が知っている。実は「まだ見たことがない作品」じゃないんだけれども、実際に、見たら「これはまだ見たことがない」ものだった……みたいな、ちょっとねじれて特別なところがあると思います。 そんな中でも、やはり坂本氏にも「『地面師たち』は予想以上のヒットになった」と感じられるものだったそうだ。 まさに「誰に言っても作品のことがわかる」レベルのヒットが生まれるようになったことが、日本市場でのNetflix自体の成長を示している。 ■ 変化は『全裸監督』から見えてきた そんなNetflixも、初期には厳しい時期があった。 坂本:最初期、ラインナップを増やすために、独自に作るよりも独占配信権を購入して「Netflixオリジナル」としていた時期には苦しさもありました。また、日本の実写作品がここまで広がらないのでは……と見られていたところもあります。アメリカ含め(日本のコンテンツへの)信頼が低かった時期もありました。 それが変わってきたのは『全裸監督』(2019年)の頃からですかね。 たしかに、「ネトフリオリジナルらしい」という感覚が出てきたのはこの辺からかもしれない。 一方で、「続編」「有名作品のリメイク」など、いわゆる「フランチャイズもの」をNetflixはどう見ているのだろうか? Netflixは特に海外で、「シリーズの継続に冷淡だ」と言われることもある。フランチャイズものには興味がないのかというと「けっしてそうではない」という。 坂本:重要な要素ではあります。 例えば「今際の国のアリス」は、シーズン3の製作が決定しています。日本でシーズン3まで行く作品は初めてなんですよ。 それだけ期待もかかっています。 ただ、視聴者の方がシーズン3からいきなり見る、ということは少ない。1から2、3へと広がっていく部分が大きいので、やはり最初の「シーズン1」のインパクトはとても重要です。複数シーズンを重ねるかどうかは、本当に作品によりけり。戦略的に、企画に合わせて変えています。 我々は「リミテッドシリーズ」と呼んでいるんですが、本当にファーストシーズンのみで完結するものも打ち出しています。 製作本数などもノルマを決めているわけではなく、どの作品もファーストシーズンにフルスイングですね。これは本当に、狙いたくても複数できるとは限らないので。 ここで坂本氏は面白い言葉を使った。それは「統計学を超えていく」というものだ。 坂本:もちろん、アメリカ側のチームは予算をシビアに見ています。 彼らは作品製作にかかる予算を「このくらい見られる作品になるからこのくらいの予算」という風に、過去の実績から統計的に見て判断しています。 予測を超えていくのは新しい統計学を作る、統計学を超えていくようなものです。この10年間はそういうチャレンジをしてきました。 一方でNetflixは、ちゃんと説明すればそういうリスクをとらせてくれる会社でもあります。フルコミットして信頼してくれるんです。 ■ 国内パートナーとともに製作環境の整備も ローカルでのヒットと同時に重視しているのが「ローカルでの製作環境の充実」だ。 Netflixは現在、東宝スタジオやTBS子会社のTHE SEVENと提携し、スタジオ機能の強化を行なっている。 坂本:失敗するとそこが「天井」になってしまう可能性があり、怖い部分でもあります。 適正な予算、環境整備、クオリティを整え、それをプロダクションファイナンスチームが支える。そういう制作環境を整え、実績を積み重ねていくことが表現の幅になると考えていますし、業界のイノベーションにつながると考えています。 個人的に気になっている点がある。NetflixやAmazon Prime Video、Disney+などで流れる「配信オリジナル」作品は、日本の地上波向けドラマとはかなり見栄えが違う。 配信作品にはシネマルックで色合いも作り込み、アングルや被写界深度の付け方にこだわったものが多い一方、地上波ドラマは、良くも悪くも「ビデオ的」「わかりやすさ重視」。キャストの選択パターンも似通っている。 ローカルでのヒットが重要とはいえ、海外でメジャーになってきている作りとの差が大きくては、コンテンツ価値があがりづらい。 坂本:撮影前のカラーチェックや作り込みは徹底して行ないますし、カメラチェックにも時間はかけますね。 それに、「特定のキャストありき」での製作は行ないません。 放送には放送の、配信には配信の事情がある。とはいえ、海外への番組販売や製作連携を考えると、配信が求める条件や品質を考える必要が出てくる部分もありそうだ。 そこでNetflixが「1,000万」という大台を超えてきたことは、大きな意味を持ってくる。
AV Watch,西田 宗千佳