「もしトラ」シナリオがはらむ安全保障の死角
■北朝鮮を核保有国として認める? トランプ氏は何のために、こうした交渉戦術に固執するのでしょうか。1つは、1期目にも話題になりましたが、ノーベル平和賞候補になって、ひいては受賞して「朝鮮戦争を終わらわせた男」として歴史に名を残したいということです。 それ自体は必ずしも悪いことではないかもしれませんが、あまりにも自画自賛が強すぎます。米朝サミットの際にも、「これは大変なショーになるだろう」と側近に漏らしていました。自身の利害が絡みすぎていて公私混同の印象を持ちます。
次に、前任者を否定する傾向が強いことです。大統領選とはいえ、バイデン大統領に対し「アメリカ史上最悪の大統領」と呼びました。1期目が始まる直前にオバマ前大統領と引き継ぎ作業中に、「北朝鮮問題はあなたが直面する課題の中で最も難しい」と言われたことで、かえってトランプ氏がこの問題に挑戦しようとする起爆剤になったとも言われています。 これも、それ自体も悪いわけではありませんが、あまりにもトップダウン的で、かつ即興的な交渉術と組み合わさるととても危ういものになりそうです。
2019年の米朝首脳会談からすでに4年が経っています。この間、北朝鮮は核やミサイル能力を相当高めました。北朝鮮が持つ交渉カードはさらに増えたとみていいでしょう。 韓国の洪容杓・元統一相は、北朝鮮はもはや核を自国防衛のために保有するだけではなく、核保有国、すなわち強国になり国際社会における地位向上によって政治的・経済的利益を取得しようとしている、と主張するまでになりました。 これに対し、アメリカのCIA長官や国防長官を務めたロバート・ゲーツ氏は、1994~2000年の期間、アメリカは北朝鮮の核問題を解決するチャンスがあったが、その後は失敗の連続だったのでこんな同じことを繰り返すのはばかげている、と主張しています。
さらに、違うアプローチとして「北朝鮮が自衛のために必要なある程度の核保有を認め、それ以上の核能力は検証可能な廃棄、そして開発中止を求めるべきだ」と、ゲーツ氏は促しています。 しかし、東北アジアにいるわれわれにとっては、北の核保有を一部でも認めると、隣国でも核保有論が強まり、核開発ドミノのリスクが高まるという事態にまで発展する危険性が高まります。 「もしトラ」が現実のものとなり、金正恩氏との交渉が再開したとすれば、最悪のシナリオは北朝鮮を核保有国として認定すること、そして朝鮮戦争の終戦宣言を行って在韓米軍の削減・撤退へと続くこと、アメリカにまで攻撃可能な北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)だけが禁止されるといったカードが切られ、安易な決着が図られることが懸念されます。