中村獅童「初めて歌舞伎に触れた子供たちが、いつか大人になって劇場に戻ってきてくれたら」 絵本題材「あらしのよるに」熱演
中村獅童(52)が歌舞伎座「十二月大歌舞伎」(26日千秋楽)の第1部「あらしのよるに」で狼(おおかみ)のがぶを熱演している。2015年に獅童の発案で絵本を歌舞伎化して初演以来、5度目。歌舞伎座では8年ぶりの上演で、山羊(やぎ)のめい役に初挑戦する尾上菊之助(47)と息の合ったコンビが評判を呼んでいる。「伝統を守り、革新を追求する」を信条とする獅童に作品に込めた思い、理想の将来像を聞いた。(有野 博幸) 歌舞伎座は昼夜2部制が一般的だが、今月は3部制。第1部の「あらしのよるに」には両親や祖父母に連れられた小学生が多く詰めかけている。絵本を熟読している子供たちも多いだろう。がぶの「○○でやんす」「友達なのに、おいしそう」など、おなじみのセリフで明るい笑い声が響き、場内がほんわかムードに包まれている。 がぶとめいは嵐の夜に出会い、「雷が嫌い」「風の歌が好き」などの共通点を見つけて親近感を抱く。獅童と菊之助は昨年3月、約10年ぶりに共演した新作歌舞伎「ファイナルファンタジー10」の楽屋で歌舞伎界の将来について語り合い、意気投合した。獅童は大名跡「8代目尾上菊五郎」の襲名を来年に控える菊之助に「歌舞伎の未来を担っていく方。めい役を快く引き受けてくれて心強く、ありがたい。菊之助さんらしい、めいを作り上げてもらいたい」と期待を寄せる。 「自分らしく、自分を信じて生きていく。そうすれば仲間ができる」という信じる力と他者への思いやりがテーマ。絵本が題材なので、セリフが分かりやすく「歌舞伎の入り口にふさわしい。初めて歌舞伎に触れた子供たちが、いつか大人になって劇場に戻ってきてくれたら。10年後、20年後、30年後、自分がこの世から去っても生き続けてほしい作品。この物語が愛される世の中になったら、もっといい時代になると思う」 獅童にとっては13年に他界した母・小川陽子さん(享年73)と「いつか歌舞伎にできたらいいね」と話していた思い出の作品だ。「自分が企画したつもりでいたんですけど、初演した2015年、初日の前日に松竹の方から『お母さまが2003年に手書きの企画書を持ってきて、いつか獅童が責任興行をできる役者になったら、やらせてほしいと提案していました』と聞かされました。親孝行のつもりだったのに、また母に助けられた」と秘話を明かした。 獅童は今回から新たに、狼の長(おさ)役も加わり、がぶ役と合わせて2役を演じる。さらに獅童の長男・中村陽喜(6)は幼い頃のめい役、次男・中村夏幹(4)は幼い頃のがぶ役を勤める。「2人がいつか、作品のテーマに気づいて、役者をやる上での勇気につながってくれたら」。伝統文化を継承する歌舞伎俳優として、一人の父親として、将来を見据えて舞台に立っている。 ◆菊之助「おいしそうに見えないと」 立役と女形の両方を演じる「兼ねる役者」の菊之助は、初役とは思えないほど自然体に芯の強さを感じさせながらも愛嬌(あいきょう)のあるめいを演じている。「友達なのに、おいしそう」のキャッチコピーを引き合いに「おいしそうに見えないといけないですよね」と話す。 昨年の共演以来、何度も食事を共にするなど急接近した獅童には「頼れる兄貴」と信頼を寄せる。「普段から親密にしていることが舞台でも生かせるはず。本来は食う、食われるの関係である狼と山羊が、どう打ち解けていくのか、丁寧に話して関係を作っていきたい」と意欲的だ。 15~18年に3度、めいを演じた尾上松也(39)に電話をしてアドバイスを求め、今年9月に勤めた中村壱太郎(34)からは映像を見て愛らしさを学んだ。実直な菊之助らしく、謙虚な姿勢で経験者から役づくりの手順や知識を吸収し、舞台に生かしている。 ◆「あらしのよるに」 きむらゆういち氏の絵本第1作が94年に発刊されて30周年。嵐の夜、暗闇の小屋で出会った狼のガブと山羊のメイが「あらしのよるに」を合言葉に再会し、友情を育む物語。映画、小説、アニメの題材となり、歌舞伎は獅童が中心となり15年に京都・南座で初演。子供から大人まで幅広く支持を集め、9年間に5度という新作歌舞伎としては異例のハイペースで上演されている。 ◆長男・陽喜、次男・夏幹は6月に歌舞伎座で初舞台 〇…獅童の長男・陽喜、次男・夏幹は6月に歌舞伎座で初舞台を踏んだ。同月は初代中村萬壽(69)と6代目中村時蔵(37)の襲名披露、5代目中村梅枝(9)の初舞台でもあり、萬屋が勢ぞろいした。かつて「6月の歌舞伎座」と言えば、獅童の叔父で映画スターの萬屋錦之介さんが座頭の「萬屋錦之介特別公演」でおなじみだった。獅童は「6月の萬屋公演を復活させたい」と夢見ている。
報知新聞社