歴史的交戦の後には イランとイスラエルの今後を展望する
イランとイスラエルが歴史上初めて直接攻撃を交わし、緊張状態が続く両国。2020年4月から2023年1月まで朝日新聞テヘラン支局長を務め、現地での取材をまとめた『「悪の枢軸」イランの正体』を4月19日に上梓した飯島健太氏が、イランの思惑と今後の展望を解説する。 イランでは独自の暦が使われていて、新年は毎年3月20日頃の「春分の日」に迎える。 私も現地で体感した年明け早々の祝賀の雰囲気は今年、一気に吹き飛んだ。 4月2日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館近くの領事部ビルが空爆され、イランのイスラム革命防衛隊は幹部を含む7人を失った。イラン側はイスラエルによる攻撃だと見なし、同月13~14日に報復としてイスラエル本土に向けて無人航空機(ドローン)のほか、弾道ミサイルや巡航ミサイルを撃ち込んだ。その数、計300発以上という。 一方、イスラエルも4月19日に「報復」を名目としてイラン本土を攻撃した。双方の言い分は異なるものの、イラン中部イスファハンが標的にされたことは間違いなさそうだ。 互いの攻撃が相次ぐ歴史的な事態を受けて、私が着目した2点を考えてみたい。 まず、攻撃した主体である。革命防衛隊の幹部を殺害された4月2日以降、イランによる報復がささやかれるようになると、「親イラン勢力」による攻撃の可能性が取りざたされた。 イランが支援する勢力はイラクやシリア、レバノン、パレスチナ自治区、イエメンで活動していて、国教イスラム教シーア派と地図上の形から「シーア派の三日月地帯」と呼ばれたことがあった。最近では日本でも、こうした勢力を「抵抗の枢軸」という呼称で取り上げられるようになった。抵抗する主な相手は、中東に軍事基地を置く米国であり、パレスチナ自治区を占領しているイスラエルだ。
昨年10月7日以来、イスラエルと戦闘中のイスラム組織ハマスをはじめ、レバノン南部を拠点にするシーア派組織ヒズボラはイスラエルとの交戦を繰り返してきた。これらの勢力がイランによる報復の際に手先として動くのかどうか注目されたのだ。 しかし、結果はやや意外なもので、実際にはイラン自らが攻撃をした。イランにはイスラエルとの間で漂う緊迫が予期せぬ形で高まることを防ぐ思惑があったのだろう。 または、戦争に至るかもしれない重大な局面では「親イラン勢力」を頼れないのではないかと考えられる。イランの狙いが各勢力に対して正確に伝わらない恐れがあるからだ。 日本で「抵抗の枢軸」として各勢力について報道される時、イランが主体となって構成する「ネットワーク」だという表現を見かけることがある。米国側やイスラエル側は「抵抗の枢軸」を安全保障上の「脅威」だと訴える。 一方で、イランは各勢力に対する明らかな指揮系統を持っているのではなく、緩く繫がっていることが実情に近いのだろう。中東地域におけるイランの影響力や脅威が実態以上に強調されていないかどうか注意が必要だ。 もう一つの点で関心を引かれたのは、イランとイスラエルが互いの本土を直接攻撃し合ったことである。これまでイランとイスラエルの間で起きていた「影の戦争」が「表の戦争」になったという解説が日本でも出ている。 私はテヘランで特派員として過ごすなか、「影の戦争」についても取材していた。赴任からちょうど1カ月後の2020年11月、イランの核開発を長年にわたって主導してきた科学者モフセン・ファフリザデがテヘラン郊外で銃殺された、と報じられた。 国際原子力機関(IAEA)が作成した2015年12月の報告書によると、ファフリザデは核兵器の開発計画に関わり、起爆装置の研究チームを率いていた時期があったとされる。また、2018年4月にはイスラエルの首相ベンヤミン・ネタニヤフが、イランによる核兵器の開発計画をファフリザデが主導していると主張。ファフリザデの顔写真を示して「彼の名前を忘れるな」と述べていたのだ。