急増する「大人の発達障害」 “幼児期のトラウマ体験”で傷ついた人を助ける“意外な存在”とは
対人関係の障害
「対人関係の障害」が生じると、人間関係を維持することや他者を身近に感じることに困難さを覚えます。 対人関係が難しいと聞くと「他者と衝突しやすい人」を思い浮かべるかもしれませんが、自己組織化障害の対人関係の障害では人間関係や社会との関わりを避けようとしたり、関心を示さないケースもみられます。 過去には「人と距離があるように感じる」「仲間はずれにされているように感じる」「人と感情的に近い距離を保つのが難しいと感じる」と訴えるかたもいました。 他者に対して交流を求めながらも関係を作れなかったり維持できなかったりして、結果的に他人と距離を取ってしまう。他者に対して無関心にも見えるこの状態は、ASD(自閉スペクトラム症)のかたにも当てはまり、これも発達障害とみなされるケースにつながります。
ひとまとまりの自分
人間には他の個体への近接(アタッチ)を通じて、安心感を回復・維持しようとする根源的な欲求があります。 アタッチメントは、不安や怖れなどの感情の乱れを自己と愛着対象(多くの場合は養育者)との間の関係性によって調節する仕組みともいえるのです。 トラウマ関連疾患は、乳幼児期にアタッチメントの形成が阻害された結果、神経系の発達が妨げられることで起こります。すなわち、トラウマ関連疾患を抱える多くの方は適応的ではないアタッチメント・スタイルが続いているのです。 トラウマ治療によって人格が統合されても、そのひとまとまりの人格はまだアタッチメントを知らない状態といえます。 さて、乳幼児期に得られなかったアタッチメントですが、成人後も治療の過程で、自力で得ていくことができます。それが「自分が自分の親になる」ということ。その手法の1つが「メンタライジング・アプローチ」です。
自分が自分の親になる
実は、慢性的にトラウマ体験を受けてきた人の多くは、成人後も親、あるいは他者に対する「依存欲求」がまだ残っています。 成人後に養育者との関係を断ち切り、折り合いをつけていると表面上は思っていても、心の底では依存欲求がくすぶっているというパターンもあります。ただ、この場合の依存欲求というのは「今の自分が高齢となった親の愛情を求めている」のではなく、「過去の自分が親の愛情を求めていた」と自覚する必要があります。 幼少期に親から「よしよし」してもらいたかった、感情を受け止めてもらいたかった、でもそれはもう叶わないことなのだ……。その事実を受け入れ、依存欲求を断ち切り、自分で自分のアイデンティティを作っていくのです。 そうしたプロセスのなかで、辛かった過去の自分に会いに行き「自分が自分の親になる」ことが求められます。クリニックの治療では、具体的なトラウマ体験の出来事を聞き出すことはありません。一方で、子ども時代はどんな気持ちで過ごしていたのか、本当は何を求めていたのか、何に傷ついていたのか、といった傷つきへの自覚を促します。 そして、自分がその子の親だったら何をしてあげるのか、どんな言葉をかけてあげるのかを考え、今の自分が過去の自分を助けてあげるのです。 *** 本記事は『トラウマからの回復』(扶桑社)より、一部を抜粋/編集してお伝えした。本書では、実際にクリニックに訪れた社会人女性「ハナさん」と医師とのカウンセリング風景などを通し、「複雑性PTSD」、「発達性トラウマ障害」の症状や診断基準を詳しく解説している。
生野信弘 1988年長崎大学医学部卒業、1995年同大学院修了。医学博士。同大学卒業後、長崎大学第二内科、佐世保市立総合病院で内科医長を務め、1998年にオーストラリア・モナッシュ大学の生化学・分子生物学科に2年間留学。帰国後、離島医療やホスピス緩和ケアに従事。2001年に精神科に転向し対人関係療法などを学び、現在は田町三田こころみクリニックで、過食症の対人関係療法とともに「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などトラウマ関連疾患の専門外来を担当している。精神科専門医・指導医。 デイリー新潮編集部
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