マイクロソフト、日本への4400億円のAI/データセンター投資の実際
岸田首相の訪米とともに発表。既存の枠組みを強化しつつ、リサーチセンターを開設。 【もっと写真を見る】
今回のひとこと 「日本で事業を開始した1978年以来、最大の投資を行う。デジタルインフラやAIスキル、サイバーセキュリティ、そしてAI 研究を含む総合的な取り組みによって、日本のデジタル競争力を高める」 AIとクラウドのため4000億円を超える投資 米マイクロソフトは、日本におけるAIおよびクラウド基盤の強化に向けて、今後2年間で29億ドル(約4400億円)の投資を行うことを発表した。 米国を訪問した岸田文雄首相と、米マイクロソフトのブラッド・スミス副会長兼プレジデントが会談。米マイクロソフト エグゼクティブバイスプレジデント兼CMO(チーフマーケティングオフィサー)の沼本健氏、日本マイクロソフトの津坂美樹社長らが同席して発表した。 スミス副会長兼プレジデントは、「マイクロソフトが日本で事業を開始した1978年以来、最大の投資を行うことになる。デジタルインフラやAIスキル、サイバーセキュリティ、そしてAI 研究を含む総合的な取り組みは、日本のデジタル競争力を高めることになる。AIが牽引する堅調な経済成長を実現する上で、重要な一歩になると確信している」と述べた。 一方、岸田首相は、「デジタル空間における経済活動が活発化するなか、マイクロソフトのようなデジタルインフラを持つグローバル企業との連携は、日本産業全体にとって重要である。マイクロソフトによる日本への新規投資の表明に感謝する」とし、「マイクロソフトは、様々な取り組みを通じて、我が国における生成 AI の社会実装に多大な貢献をしてきており、引き続きの協力に期待する。また、今後、サイバーセキュリティ分野での連携も深めていきたいと考えている」とのコメントを発表している。 金額の大小というよりも、具体的な数字が出たことに意味 マイクロソフトが発表した内容は、以下の4点になる。 2年間で日本のAIおよびクラウド基盤の増強に4400億円を投資 3年間で300 万人を対象にしたリスキリング機会の提供 東京に研究拠点を新設 サイバーセキュリティ分野における政府との連携強化 このなかで最も注目を集めているのが、(1)の日本におけるAI/クラウド基盤の増強だ。 マイクロソフトでは、「投資コミットメントを実質的に倍増させるものであり、単独で最大規模となる」と説明。「この投資により、弊社基盤の処理能力を大幅に向上し、 AI ワークロードの高速化に不可欠な最先端のGPUを含む、より高度な計算資源を、日本に提供する」と説明している。 新たにデータセンターを設置するというものではなく、東日本および西日本リージョンのデータセンターへの投資であり、AIに関する能力強化のために、主にGPUの増設を行うことが中心になるとみられる。 だが、マイクロソフトによる日本のデータセンターへの投資は、2014年2月に、東日本および西日本のペアリージョン構成によって、クラウドサービスを稼働させて以降、10年間に渡り、継続的に行われてきた経緯がある。2023年3月にも、西日本リージョンの拡大に向けた国内データセンターへの追加投資を発表している。 また、2023年10月には、オートスラリアにおいて、50億豪ドル(約5000億円)のデータセンターへの投資を発表。2024年2月には、ドイツにおいて32億ユーロ(約5200億円)の投資を発表。グローバルにデータセンター投資を強化している流れのなかで、今回の日本での投資が発表されたものと捉えることもできる。 ちなみに、発表では「投資コミットメントの倍増」「最大規模の投資」という表現を用いているが、実は、マイクロソフトが日本のデータセンターへの投資金額そのものを発表したのは初めてのことだ。 マイクロソフトの発表を前に、AWSが2024年1月に2023年から2027年までの5年間で、149億6000万ドル(約2兆2600億円)の国内データセンター投資を行うことを発表。年平均投資額はマイクロソフトの約2倍となるため、数字が弱く感じられるが、AWSではデータセンターの建設費用などが含まれており、マイクロソフトの投資領域とは異なる点を考慮する必要があるだろう。 マイクロソフトでは、東日本リージョン、西日本リージョンともに、リージョン内で物理的に異なる複数のデータセンターを稼働させており、今回の4400億円の投資はそれぞれのリージョンへの投資になる。 マイクロソフトにとっては、継続的な投資をさらに加速するという姿勢はこれまでと変わらず、むしろ、4400億円という数字が初めて公表されたことが、業界関係者の間では注目されている。 人材育成という観点も データセンターへの投資が継続的に行われているのと同様にリスキリング機会の提供や、サイバーセキュリティ分野における政府との連携強化も、これまでの延長線上の取り組みだといっていい。 リスキリングでは日本社会におけるAI活用の底上げを目的に、今後3年間で300万人を対象に実施。スキル習得を望む開発者だけに留まらず、学生やあらゆる規模の企業や団体に所属する人々も対象にし、このなかには非正規雇用者も含まれる。 具体的には、マイクロソフトが提供するリスキリングプログラムや、既存の研修プログラムを引き続き提供。また、高度なAI技術者の育成支援では、開発者およびテクノロジー企業向けの研修プログラムを提供したり、リファレンスアーキテクチャを拡充したり、開発者向け生成AIであるGitHub Copilotを通じた開発者支援を継続的に実施。Microsoft for Startups Founders Hubによるスタートアップ企業へのリソース提供、工業高校などにおける高度なプログラミング教育の支援も継続することで、未来のAI人材の育成に貢献する。 ここでの新たな取り組みは、女性向けの 「Code; Without Barriers (コード ウィズアウト バリアーズ)」 プログラムを日本で初めて導入することだ。同プログラムは、AIスキルを活用した職務への雇用を希望する女性を支援するもので、世界各国で多くの実績を持つ。さらに、国連訓練調査研究所 (UNITAR) と協力して、 AIやサイバーセキュリティなどを学ぶ研修コンテンツを提供することも発表した。 新たな施策が追加されたものの、施策はこれまでのり延長線上といえるものが中心だ。だが、300万人という明確な数字を発表したところには大きな意味があるといえるだろう。 そして、サイバーセキュリティ分野における日本政府との連携強化も、これまでの延長線上での取り組みとなる。 マイクロソフトは、2022年12月に改定された日本政府の国家安全保障戦略に基づき、サイバー攻撃などから、政府、企業、国民生活の保護を強化すべく、サイバーセキュリティ分野において内閣官房との連携を強化すると発表。「マイクロソフトが多数の日本企業や団体を保護するために提供している既存のサービスをもとに、マイクロソフトが持つ専門知識や高度なクラウド、AI セキュリティサービスの強みを活かし、日本政府との連携をさらに強化する」としている。 今後は、情報共有の強化、人材育成、技術的解決策の提供等に重点的に取り組み、サイバーセキュリティ上の脅威に共同で対応するという。 唯一の新たな取り組みは、リサーチセンターの開設 これに対して、唯一、新たな取り組みとして発表されたのが、研究拠点であるマイクロソフトリサーチを、東京に設置することである。 マイクロソフトリサーチは、1991年に、マイクロソフトの基礎研究機関として、本社がある米国ワシントン州レドモンドに設置。その後、英国・ケンブリッジ、インド・バンガロール、米国・ニューヨーク、カナダ・モントリオールなどにも展開している。 アジアでは、中国・北京に、世界3番目の拠点として、1998年にマイクロソフトリサーチアジアを開設。2018年には上海にも拠点を開設している。今回の東京への設置は、マイクロソフトリサーチアジアによって新設されることになる。名称は、マイクロソフトリサーチ東京が有力といえそうだ。 これまでにも、北京の研究拠点に、日本人研究者が在籍していた時期があったほか、日本の大学および学術界とは、過去20年間で200以上の研究テーマを共同研究してきた長年のつながりがある。2023年11月には、マイクロソフトリサーチアジアと東京大学が、東京・本郷の東京大学安田講堂で、「AI Forum 2023」を共同開催し、これをマイクロソフトリサーチアジアの設立25周年記念イベントにひとつに位置づけていたほどだ。 日本初となるマイクロソフトリサーチの東京の拠点は、1年以内に設立されることになりそうで、Embodied AIやロボティクス、Societal AI、ウェルビーイングを中心にした研究活動を行うほか、科学的探究を通じて、日本が直面する社会経済的課題の解決に寄与する分野にもフォーカスするという。 米マイクロソフトでは、「今回の日本への研究拠点の開設は、日本に対する長期的なコミットメントを反映したものである。イノベーションで世界をリードしていく日本のポテンシャルをマイクロソフトが強く信じていることを示した」と述べている。 さらに、研究連携を加速するため、今後5年間で、東京大学、慶應義塾大学、カーネギーメロン大学のAI研究パートナーシップに対して、それぞれ1000万ドル(約15億円)分のリソースを提供することも発表した。 米マイクロソフト エグゼクティブバイスプレジデント 最高技術責任者のケビン・スコット氏は、「マイクロソフトリサーチのグローバルな拠点が日本に拡大し、世界レベルの研究活動が日本の多様な思考や才能にも貢献でき、その恩恵を私たちも受けられる」と述べている。また、東京大学の藤井輝夫総長は、「マイクロソフトリサーチアジアの新たなラボが東京に設置されることに伴い、東京大学とマイクロソフトとの 20 年を超える連携が新たな段階に進む。研究コミュニティのさらなる発展と、優れた人材育成をリードし、ともに歩んでいけることを期待している」とのコメントを発表している。 なお、2023年10月には、世界で 6 拠点目となるイノベーション創出拠点「Microsoft AI Co-Innovation Lab」を神戸市に開設しており、川崎重工業と神戸市との連携により、AI や IoT を活用したイノベーション創出と、産業振興を目指した活動を開始している。こうした本社主導での拠点が、日本国内に相次いで設置されていることも、日本に対するコミットメントの表れといえる。 マイクロソフトの日本への投資が加速しているのは明らかだ。それを岸田首相の訪米にあわせて行われた会談で発表したのは、日本での話題づくりにも大きく寄与したといえる。AI時代における日本市場の重要性を、米マイクロソフト自らが表明した格好だ。 文● 大河原克行 編集●ASCII