寺のタンスを整理していたら…行方不明になっていた「明智光秀」の手紙発見 直筆の花押も 滋賀・大津
読売テレビ
戦国武将・明智光秀が書いたとみられる手紙が滋賀県大津市の寺院から見つかりました。 この手紙は、1577年に戦国武将の明智光秀が滋賀県大津市の寺院「聖衆来迎寺」へお米を寄付するために書かれたものです。 花押と呼ばれるサインの部分は光秀自身が書いたものとみられます。 この手紙は戦前には存在が確認されていたものの行方不明になっていて、今年10月、聖衆来迎寺がタンスを整理していたところ、中から偶然発見されました。 県立琵琶湖文化館が他の文書と見比べるなど調査し、本物と確認されました。 県立琵琶湖文化館・井上優 副館長 「やはりこれは後書き(後世に書かれた物)ではなくて、この時代の字やなぁと思っています」 この手紙は来年1月、近江八幡市の博物館で展示されます。