『スパイダーマン:スパイダーバース』映画音楽とヒップホップの融合 ダニエル・ペンバートンが語る
『スパイダーマン:スパイダーバース』の音楽について
─『スパイダーマン:スパイダーバース』の音楽は、オーケストラの録音自体をスクラッチしてしまうという、まったく斬新な発想の作品でした。どうやってあれを思いついたんですか? ダニエル:それを説明するには、かなり過去にさかのぼる必要がある。90年代のロンドンで、僕はブルーノートのヒップホップ・ナイトに通っていた。それから、3つのビッグなイベント……ニンジャ・チューンが主催していた「Stealth」と、モ・ワックスが主催していた「Dusted」、それにゴールディーのメタルヘッズのイベント……毎月そういう日に出かけて、DJ KRUSH、DJシャドウ……素晴らしいDJたちのパフォーマンスを見てきた。そうやって得たものを、いつか映画のスコアに持ち込んでみたいと考えていたんだ。とてもエキサイティングな音楽表現の形だし、昔からある映画音楽の領域では決して扱われない要素だと思っていた。 先にいくつかのTV番組用の音楽でアイディアを試していたけど、これを本当に受け入れてくれる世界を『スパイダーマン:スパイダーバース』でようやく見つけた。とても複雑な作業だったよ。まず曲を書いて、オーケストラと録音してミックスし、それをスクラッチする……ということを実現したいと思った。かなり手間がかかったけど、結果には本当に満足している。 ─DJブレイキーとはどのようにして出会ったんですか? ダニエル:まずセラート(DJ機材メーカー)にアプローチしたんだ。どうしたら僕のアイディアを実現できるのかわからなかったし、技術的なことを理解したかったからね。相談を持ちかけたセラートで、DJブレイキーが働いていた。彼は非常に熱心だったので、素晴らしい関係を築くことができたよ。とても刺激的な経験だった。1作目は僕ら全員にとって学習のプロセスだったけど、そこでコミュニケーションを取るための方法がわかったので、2作目の『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023年)は非常に迅速に進めることができた。 ─現在制作中のシリーズ3作目『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』でもあなたがスコアを担当するそうですが、どの辺まで作業が進んでいるのか教えてもらえますか? ダニエル:わからない(笑)。時間はかかると思うよ。この映画に関わっている全員が本当に良い作品にしたいと思って取り組んでいるから、どうしても長い時間がかかる。3部作すべてが完璧であってほしいと誰もが期待していると思うしね。だから、すぐに公開されるとは思えないな。 ─全編生演奏の『スパイダーマン:スパイダーバース LIVE IN CONCERT』も、スコアに負けず劣らずクレイジーなアイディアですね。 ダニエル:このショーを作るのは大変な作業だった。ニューヨークで初めてやったときは本当にとても怖かったよ(笑)。うまくいくかどうか、皆目わからなかったから。終演後のバーでもまだ緊張してたけど、ショーを観た人や友人たちの反応を見て、何か大きなことをやり遂げたんだと思えた。このライブ・ショーの素晴らしいところは、さまざまな異なる文化を融合させているところ。ヒップホップ、スクラッチ、オーケストラ、パンクやロックなどの音楽もね。それらを同じステージに並べること……それこそが僕にとって、このコンサートの最もエキサイティングな点のひとつだ。特に子供たちはスパイダーマンが大好きだから、このショーを見に来たのがきっかけでオーケストラの演奏を初めて観るかもしれないし、DJのスクラッチを初めて目にするかもしれない。そうやってこの映画のプロジェクトが他の人々にインスピレーションを与えることを願っているよ。 ─あなたはこれまでデンジャー・マウス、イギー・ポップやドレイクともコラボを経験してますが、ちょっと前にTVドラマ『窓際のスパイ(Slow Horses)』のテーマ曲「Strange Game」をローリング・ストーンズのミック・ジャガーと共作しましたよね。あの曲はどんな風にして生まれたんですか。 ダニエル:素晴らしい経験だったよ! 監督と音楽監督と相談して、テーマ曲を歌ってもらいたいアーティストの候補リストを作成したんだ。その筆頭に名前があったのがミックだった。僕は「絶対に無理だから気にしないで」ぐらいに思っていたんだけど、運良くスタッフの中にミックとつながりのある人がいてさ。彼は僕の他の作品も聴いて、気に入ってくれた。ミックとズームで話したんだけど、彼はすごく熱心でびっくりしたね。彼のメールアドレス宛にトラックを送ったら、ボーカルを入れて送り返してくれた。彼の歌声を聴いて「これはすごい!」と思ったよ。彼はこのドラマのストーリーをとてもよく理解していて、僕らが伝えたかったこともちゃんとわかってくれていた。 それでトラックと歌を組み合わせ始めて、さらにいくつか即興で歌ってくれるように頼んだ。その中で彼が「♪It’s a strange game」と歌っているのを見つけて、「オーマイゴッド、これがコーラスだ!」と確信したよ。それで曲が出来上がったと思ったんだけど、ミックは満足せず、「いやいや、もっと良くできる」と言って、納得するまで書き直し、ボーカルをさらに良くした。彼は本当に献身的で、一緒に仕事をするのが楽しかったよ。今まで曲を作ってきた中でも最高の経験のひとつだし、この曲の仕上がりがとても気に入っている。ポピュラー・カルチャーに名を残すアイコニックな人物が、60年前と変わらないほど素晴らしい声を持っているなんて、本当に稀なことだと思うよ。
Masatoshi Arano