笹目浩之「演出家や劇団の思いをデザイナーが想像し、創造していく。演劇のポスターとは総合芸術」著書『劇場のグラフィズム』
画鋲の刺し跡や多少の破れはポスターが人目に触れていたという“生きた証”
──笹目さんは演劇ポスターの収集家でもありますが、当時はどのように集めていかれたのでしょう? 笹目 予備のポスターをそのまま頂くこともありましたし、劇団から寄贈していただくこともありました。ただ、アングラ劇団の人たちはちょっと怖いイメージがあって(笑)。「うちのポスターを使って商売をしているのか?」と誤解を招きそうだったので、そこで思いついたのが、劇場に貼ってあるポスターをもらうということでした。公演期間が終われば捨ててしまうだけなので、それをいただこうと。もちろん、画鋲を刺した跡なんかが残っているし、少し破れていたりもする。でもポスターにしてみれば、それって人の目に触れたという“生きた証”でもある。そこに魅力を感じたんです。 ──どのくらい集まるものなんですか? 笹目 当時で年間500種類ぐらいは集まっていました。今保管しているのは、少なくとも3万点以上はあります。 ──すごい量ですね! 今回の書籍ではそのなかからどのような基準で選んでいかれたのでしょう? 笹目 デザイン的に優れたものや、歴史的に価値のあるものなどを私なりに加味しながら選んでいきました。この本を見てもらえれば60年代頃から現在までの日本の演劇史の一面が分かるようになっていますし、それとは別に、純粋にさまざまなデザインの魅力や面白さも楽しんでいただけると思います。 ──確かに年代ごとのデザインの変遷がすごく伝わってきます。 笹目 60年代から70年代のアングラ劇団のポスターだけでも100枚ほど選んでいるのですが、類を見ない感じのアバンギャルドさは、やはりあの時代にしか生まれなかったものだと思います。サイケデリックなデザインは当時のニューヨークの文化に影響されていますしね。それに、60年代の学生運動の時代に生まれた反抗心や反発心、また、そうしたカウンターカルチャー的なエネルギーがポスターにもしっかり表れているんです。それが90年代の小劇場ブームになってくると、ポスターのタッチも大きく変わってくる。鈴木成一さんがデザインされている「第三舞台」はその象徴の1つですよね。生瀬勝久さんが座長だった頃の「そとばこまち」のポスターも本当にかっこいいですから。 ──90年代は洗練されたCMや広告が世間でも話題を集めた時代でもありました。 笹目 そうですね。そうしたなかで、演劇のポスターには広告のような縛りがないから、デザイナーが自由に楽しんで作っているんです。劇団の作風を理解し、作品のテーマを読み取って、デザイナーがどんな形でポスターにしていくか。今も時代を経て第一線で活躍されている方たちは、その読み取り能力に長けた素晴らしい才能を持ったデザイナーばかりなんですよね。 ──なるほど。では、今回の書籍に掲載されているもののなかで、笹目さんが特に思い入れのあるポスターを挙げていただくと? 笹目 私が2013年にプロデュースをした『レミング ~世界の涯まで連れてって~』のポスターですね。『レミング』が私にとって原点だというお話はしましたが、寺山さんの没後30年の時にPARCO劇場で同じ作品を上演したんです。PARCO劇場も私の原点ですから、2つの出発点が重なった舞台のプロデュースを任されたことは大変光栄でした。また、宣伝美術を担当したのが「維新派」のアートディレクターで知られる東 學さんでして。彼とは同い年で、仲も良いんです。しかも、彼もかつて1982年に上演された『レミング』の戸田ツトムさんのポスターを見て宣伝美術の道に進む決心をしたそうなんですね。まさに私と同じ。その彼と同じ作品で一緒に仕事ができたという意味でも感慨深いポスターですね。