「アレルギー」名付けた学者の理論が黙殺された訳 専門家の間でも意見が分かれる定義とその歴史
免疫系による生物学的変化を包括的にとらえようとしたピルケの「アレルギー」の定義は、1940年代までにすっかり打ち捨てられる。 そして、免疫系が自分自身の体の細胞を攻撃してしまう自己免疫疾患(関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど)の発見や、異質な物質を攻撃せずに受け入れる免疫寛容の研究などを通じ、免疫系の複雑かつ多様なしくみを理解しようとする取り組みは、「アレルギー」という用語の枠を越えて進んでいくこととなる。
■「肉アレルギー」や「抗生物質アレルギー」も 「アレルギー」の語の考案から1世紀が経ち、「負の免疫反応」としてのアレルギーへの理解は当初よりも深まっている。それとともに、これまで説明のついていなかった体調不良や、存在さえ知られていなかった疾患にもアレルギーのしくみが関わっていることが知られるようになった。 シカなどの大型哺乳類を宿主とするダニに咬まれることで、赤身の肉に含まれる糖分子(α-gal)に対するアレルギー(通称「哺乳類肉アレルギー」)を発症した人々。
開心手術の際に手術台の上でショック状態に陥ったものの、若手医師の機転によってある抗生物質へのアレルギーが判明し、薬剤の切り替えにより無事に手術を終えられた心臓病患者。 こうした事例についても、先述のマクフェイル博士の著書『アレルギー』で詳細に紹介されている。 ピルケやシックの時代に比べ、私たちが日常的に接する「異物」の種類は激増している。急速な都市化とヒト・モノの移動増加、化学製品への依存、気温上昇による花粉飛散量の増加など、その要因は数えきれない。
マクフェイル博士は「各種のアレルギーは、私たちが皆、このますますピリピリとひりついた世界に共にいることの証明だ」と『アレルギー』に綴っている。本書を読めば、変遷を続けるアレルギーとその研究の歴史を確かめることができるだろう。
坪子 理美 :英日翻訳者