戦略転換で売上10倍、榊淳社長が語る一休に転機をもたらした「ある顧客の声」
■ 一休は「古いゲームのルールの中で勝負していた」 ――「取引先とのリレーションシップ」が競争力の源泉にはならなくなっていた、ということでしょうか。 榊 そうです。では、何を競争力の源泉にすべきかというと「顧客体験」です。 例えば当時、取引先から「もう少し宿泊客を送客してほしい」という要望があれば、社員はそれを第一に考えて必死で対応していました。これが「取引先ファースト」です。 しかし、市場が成熟し、他のさまざまな宿泊予約サービスが登場する中、取引先である高級宿側も「一休.comだけでなく、他の宿泊予約サービスで売ってもいいのではないか」という考えを持つようになります。しかし、私たちはそれに気付かず、それまで勝ち続けてきた「古いゲームルール」の中で勝負していました。 そこで私たちは、経営戦略を考え直します。ビジネスの根本的な考え方を、宿泊施設への営業を最重視する「取引先(宿泊施設)ファースト」から、顧客体験を最重視する「ユーザー(宿泊者)ファースト」に大きく転換しました。 ――「取引先ファースト」から「ユーザーファースト」への転換を図るために、何を変えたのでしょうか。 榊 私自身、経営の本質とは「誰に、何をするか」ということに尽きると考えています。ですから、経営戦略を再構築する際に最初に考えることは「自分たちのサービスや商品のターゲット顧客は誰か?」というシンプルな問いです。 特に「ユーザーファースト」による戦略構築においては、この「ターゲット顧客」を正しく見極めることが最重要課題です。顧客さえ定義できれば、競争に打ち勝つことができます。逆に言えば、そこを間違えてしまうと、何をやっても負け続けてしまうのです。 ――ターゲット顧客はどのように定義したのでしょうか。 榊 まずは、売上データをさまざまな「顧客セグメント」に分けて徹底的に分析しました。そこから見えてきたことは、自分たちのサービスを最も喜んでくれている人は、「高級な宿に“頻繁に”泊まっていただいているお客さま」ということでした。この層のお客さまは、一休の業績が停滞する中でも、確実に売り上げが伸びていたのです。 さらにデータを深く分析してみると、「年間100万円以上を使うお客さま」の売り上げが安定的に伸びていることが分かりました。そこで、「年間100万円以上を使うお客さま」をターゲット顧客に定めて戦略を練り込むことを決めました。これが、データ主導で経営戦略の意思決定を行う「データドリブン経営」の第一歩です。 次にやるべきことは「お客さまは、何をすれば喜んでくれるのか」を明らかにすることです。そこで、私たちがターゲットとする顧客層の方々にインタビューしました。すると、驚くべき声が返ってきたのです。 「高級宿を検索して頻繁に利用する私にとって、検索した時に毎回カジュアルな宿が出てくることはストレスになる」「一休.comは高級宿だけを厳選して提示してくれるから、ありがたい」 この声を聞いて、私はハッとしました。それまでは社内でも「業績を上げるためには、ウェブサイトで表示される宿の数を増やした方が良いのではないか」「高級宿だけではなく、カジュアルな宿も扱った方が良いのではないか」という意見が多くあり、私自身も「そうかもしれない」と思っていたからです。「高級宿だけを厳選して提示してくれるから」というお客さまの声は、私たちの思い込みを打ち砕くものでした。 多くの企業では、業績が悪くなると事業ドメインを広げようとします。そして、商品の点数やサービスの種類を増やします。しかし、商品やサービスの種類を増やすと、軸となる事業が弱くなってしまうのです。 戦略を再構築する時に大事なことは「データから徹底的に顧客を分析すること」、そして「ターゲット顧客をより明確に定義すること」です。その上で、取り扱う商品やサービスを「ターゲット顧客に最も喜んでもらえるものに絞り込むこと」が最も大切です。