杏さんが、フランス移住で手に入れた「思いがけない縁の広がり」
今の自分だからこそめぐり合えた役
俳優というのは、役や作品など何かを人から与えてもらって初めて成立する仕事なので、やはり運や縁を強く感じることがあります。 「かくしごと」という映画で主役の千紗子という女性を演じたのですが、この作品に参加できたことは、まさに運に恵まれたと思います。千紗子は、長年絶縁状態にあった父親が認知症を発症したことで故郷に戻り、渋々ながらも父親を介護しています。 そんなある日、事故で記憶を失った少年を助けるのですが、その体に虐待の痕を見つけ、彼を守るために「私が母親」と嘘をついて一緒に暮らし始める......というストーリーです。 実生活のなかで私は「母親」なので、仕事ではそこからはかけ離れたものを中心にやりたいと思っているんです。でも今回は千紗子を演じたいと思いました。母親としてさまざまな経験を積んだ今の自分なら、嘘をついてまで彼と親子の関係を築こうとする千紗子を演じられる気がしましたし、演じたいと思ったんです。 ただ、当時、私は渡仏を控え複数の仕事を同時進行していて、一日でも予定がずれたら撮影に臨めないというスケジュールで動いていました。コロナ禍にあって、いつ撮影が止まってもおかしくない状況のなか、無事に撮影を終えられたのは奇跡と言っていいくらいです。撮影が終わったのは、渡仏の2日前。運がいいなあとつくづく思いました。 この作品は「ヒューマン・ミステリー」と銘打たれているように、単に千紗子と少年の愛情の物語ではありません。千紗子、少年、千紗子の父親や友人──登場人物の多くが嘘をつくなかで物語が進んでいきます。 みな、なぜ嘘をつくのか、嘘をつくことは本当に悪いことなのか。自分がこの人だったら、この状況に立たされたら、どうするだろうと考え、時に肝を冷やすような感覚を覚えながら、ミステリーとしても見ていただける作品に仕上がったと思います。 ラストシーンが印象的で、それが出演を決めたもう一つの大きな理由でもあるのですが、いざ現場に入ってそのシチュエーションに身を置くと、恐怖にふるえて叫びだしたくなりました。話の流れからすると、心温まるシーンになっても不思議ではないのに、私は逆にゾクゾクッとしてしまった。みなさんは、どう感じられるでしょうか。劇場に足を運んで、見ていただけたらと思います。 この映画は、北國浩二さんの小説『噓』が原作です。そこには映画では描ききれなかったドラマがあり、また、あえてそこまで描かないのが映画の醍醐味でもあると私は思っています。映画と小説どちらも味わっていただけると、よりおもしろいかもしれません。
杏(俳優)