ジャンボさんの粋な計らいに感謝 人気で「品切れ3、4カ月待ち」のゴルフセットが店に… 話の肖像画 歌手・田原俊彦<17>
《レコード会社の知り合いの誘いで昭和58年ごろ、ゴルフを始めた。これが国民的人気アイドルの交遊関係をさらに広げることになる》 【写真】艶やかなパープルの照明のなか、キレキレの足上げを披露する田原俊彦 もともとゴルフは大人の遊び、年配者のスポーツというイメージがありましたね。僕が若いころに熱を上げた野球などとは全然違いますから。 そのころ、企業のイベントの打ち上げではよく、ゴルフが行われていましたよね。僕は最初、レコード会社のコンペに出場した。徐々に「ゴルフっておもしろいな」と思うようになっていきました。14本のクラブの中では、第1打でバーンと飛ばすドライバーが好きですよ。 25歳のとき、フジサンケイクラシックのプロアマ大会に出場しました。場所は、日本で一番難しいともいわれる静岡・伊東にある川奈ホテルゴルフコースの富士コース。とりあえず、カッコつけなければと思い、大阪の大丸デパートに行って、ニッカーボッカーのゴルフウエアを購入した記憶があります。 僕は大会当日、調子に乗って「85」ぐらいのスコアで回ってしまった。湯原信光プロと一緒でしたね。難しいコースなので自分でもビックリ。「どうしたんだろう? いつも『100』たたくのになぁ」と。お客さんが大勢見守っているなか、グリーン上のホールにボールがバンバン入っていったんですよ。僕のチームが優勝したため、表彰式では歓声が上がるなか、椅子の上に立って「ワーッ」と喜んだのを覚えています。 大会には、ジャンボ(尾崎将司)さんら多くの選手が参加していましたね。夜のパーティー後にジャンボさんから呼ばれ、「最近は、どうなんだ」などと聞かれたこともありましたよ。 ジャンボさん、弟のジェット(健夫)さん、直道さんの尾崎3兄弟とはその後、一緒にゴルフをさせていただきました。ジャンボさんのゴルフは弾道、スピードともにヤバい。カッコよく、オーラがあり、僕たちとは全く、〝別物〟という感じ。2人の弟たちに、「オレの背中を見ておけ」というようなゴルフをしていました。 健夫さんは黒いサングラスをかけ、半ばふざけているような感じ。直道さんは生真面目だった。3人と一緒に回ると、性格の違いがよく分かりましたよ。