「花はいらない。ウクライナがほしい」占領地の女性が守るもの 酒に下剤、見つかれば最後…命がけの抵抗を続ける理由とは
ウクライナに侵攻したロシアは、占領したウクライナ各地やクリミア半島で、プロパガンダや「うその選挙」によるロシア化政策を着々と進めている。そんな中、占領地で1人の女性が立ち上がった。「花はいらない。ウクライナがほしい」をスローガンに、反ロシアのビラや偽札をまいたり、ロシア兵が飲む酒に下剤を混ぜたりする活動を続ける。ロシア側は取り締まろうと躍起になっており、見つかれば逮捕や投獄は避けられない。自身を危険にさらしてまで、抵抗運動に駆り立てるものは何なのか―。命がけでロシアに立ち向かう彼女に思いを聞いた。(共同通信ロンドン支局 飯沼賢一) 【写真】制裁も崩壊しなかったロシア経済、なぜ制裁は抜け道だらけに?
▽奪われた「心」 ウクライナ女性の抵抗運動「ズラ・マウカ」のリーダー、イリーナさんは、ロシア占領下にある南部ザポロジエ州メリトポリで暮らす。身を守るために素性は明かしておらず、「イリーナ」も本名ではない。オンライン取材の冒頭、「30代のごく普通の女性です」と顔を覆っていたマスクを外して笑った。 ロシアは2022年9月にザポロジエ州を一方的に併合すると宣言し、メリトポリを勝手に「州都」だと決めた。幼稚園や学校の教室にはロシアのプーチン大統領の写真が掲げられ、大通りにはロシア軍への入隊を呼びかけるポスターが張られている。 占領から1年が経過したころ、イリーナさんは周囲の変化に気が付いた。占領に強く反対していた隣人が侵攻を正当化するようになった。ウクライナのテレビ放送は遮断され、流れるのはロシアからのニュースのみ。親族でさえ、ロシア国営メディアが流すプロパガンダをなぞるようになっていた。「思考と心を奪われた。一番恐れていたことが起きた」(イリーナさん)。親しい2人の女性と共にズラ・マウカを立ち上げることを決意した。
「ズラ」はウクライナ語で「邪悪」を意味する。「マウカ」は誘惑した男性を森におびき寄せて殺す女性の精霊の名前だ。ウクライナではロシア兵のことを「オーク」という怪物になぞらえることから、「オークをやっつける邪悪な精霊」という意味が込められている。 ▽ロシアが恐れるマウカ ズラ・マウカの目的は二つある。市民をロシアのプロパガンダから守り真実を伝えること。そして、ロシア兵を一人残らず追い出すことだ。そのためにまず、ウクライナや欧米の報道に触れることができない高齢者向けに、ロシア軍の残虐行為を伝えるビラを作成することにした。当局の目を盗みながら、集合住宅の郵便受けや公園のベンチなどに300部を配り、インスタグラムやテレグラムにその様子を投稿した。 ロシアはすぐに反応した。街中に監視カメラが設置され、目に見えて見張りも増えた。もし見つかれば拘束されて、ひどい仕打ちを受けるに違いない。イリーナさんは「ビラ配りは以前より難しくなってしまったが、ロシアがマウカを恐れていることは分かった」と、手応えを感じたと振り返る。