「花はいらない。ウクライナがほしい」占領地の女性が守るもの 酒に下剤、見つかれば最後…命がけの抵抗を続ける理由とは
次に始めたのは、反ロシアのメッセージを記した偽札をまくことだった。イリーナさんは「お札が落ちていれば拾わない人はいない。通りを歩いてポケットから落とすだけでいいので比較的安全なやり方だ」と説明する。偽札は、一見するとロシア通貨ルーブルの紙幣だが「あなたはウクライナにいる」と書かれている。 ロシアがクリミア半島を強制併合してから10年となる今年3月には、200ルーブル札を模した特別な偽札を千枚まいた。色やデザインは本物とそっくりだが、ウクライナ国旗や沈没するロシア軍艦が描かれ、「クリミアはウクライナ」とのメッセージが添えられている。 ロシア兵が飲む酒に下剤を混ぜる活動も行っている。マウカの特定につながる恐れがあり、具体的な手段は明かせないという。リスクは高いが、兵士に直接ダメージを与えられる。ロシア側も警戒を強めたのか、最近「毒を盛られる可能性があるので、住民から食料品を奪わないように」との通達を兵士たちに出した。
▽進む「ロシア化」 ズラ・マウカが抵抗運動を続ける中、メリトポリではロシア化政策が着々と進められている。学校で「子どもにウクライナ語を学ばせたい」と申し出た親は、当局に呼び出されて長時間尋問された。子どもたちは前線のロシア兵に感謝の手紙を書かされ、モスクワ旅行や帽子などのプレゼントを贈られた。ロシア兵が邪悪なウクライナ政府から市民を守ってくれていると信じる子どもも多い。 メリトポリ在住の男性(47)はこう打ち明ける。「占領がすぐ終わるというのは幻想だった。最近はロシアが憎いという信念さえ忘れてしまいそうになる」。男性は昨年秋、ずっと拒否していたロシアのパスポート取得に踏み切った。公共サービスの利用や病院での診療の際にもパスポートが必要となり「パスポートなしでは生きられなくなった」と感じたのが理由だ。 今年3月のロシア大統領選は、ウクライナの占領地でも実施された。ロシア兵が銃で脅して投票を強制するなど、民意の反映とはほど遠いものだった。投票日には朝から、選挙管理委員会の係員が兵士と共に住宅を一軒一軒訪れ、住民はその場で投票させられた。誰に票を投じたかをチェックするため、投票用紙を折り畳むことさえ許されなかったという。公園のベンチで休んでいる時に投票用紙を渡された人もいた。ある住民は「汚いやり方だ。うその選挙に意味はない」と怒りをあらわにした。
▽「命がけで取り戻す」 イリーナさんの元には、占領地に住む女性から「活動に参加したい」という申し出が日々寄せられている。現在はメリトポリのほか、クリミアの中心都市シンフェロポリ、ウクライナ東部のルガンスク州などに100人ほどの「マウカ」が潜む。 ロシアの占領政策は、陰湿でしつこい。街をプロパガンダで覆い尽くし、危険分子をあぶり出して、とことん痛めつける。イリーナさんは言う。「マウカの活動は危険だ。でも誰かがやらないと街を完全に奪われてしまう」。「ここはロシアではない。ウクライナだ。命がけで取り戻す覚悟はできている」