新聞記者の教育は限界に「ジャーナリスト育成で新聞社と教育機関は協力を」
購読者減による経営悪化で、人手不足に喘いでいると言われる新聞業界。現場の教育機能が低下し、取材をしたり、記事を書いたりといった記者の能力が低下し始めているという。日本経済新聞の元記者で、今年2月に著書『迷わず書ける記者式文章術 プロが実践する4つのパターン』(慶應義塾大学出版会)を上梓した松林薫さん(44)は、「今後、5~10年で記者の質が急激に下がる可能性がある」と警鐘を鳴らす。ジャーナリズムの未来を見据え、新聞記者志望の学生だけでなく、現役ライターやブロガーらも取材と執筆の基礎が学べる教育機関が必要だと訴えている。
──これまで新聞記者はどのように教育されてきたのでしょうか。 新人記者が入社すると、先輩記者がマンツーマンで取材の方法や原稿の書き方を指導していました。いわゆるOJT(On-the-Job Training)です。現場記者のリーダー役である「キャップ」らは、比較的時間に余裕があり、彼ら先輩記者が新人記者の教育を担当します。たとえば、夜、原稿を書けない新人記者がいると、そばに行って「こう書くべきだ」などと教えていたのです。 ──現場の人手不足が指摘されています。これは記者の教育にどのような影響を与えるのですか。 人手が不足すると、先輩記者の仕事が忙しくなり、OJTに手が回らなくなります。そうすると、新人記者は放置されますので、スキルが向上しません。その結果、入社から1年が経っても、質の低い原稿しか書けない、使い物にならない記者が現れます。スキルが向上しないため、やる気を失って新聞社を辞めてしまうという例も増えています。加えて、新人記者を教育する先輩記者も育たないことになります。こうした事態は、数年前くらいから、日経だけでなくいろいろな新聞社で起き始めています。今後、5~10年で記者の質が急激に下がるかもしれません。
──対策として何が必要ですか。 現場のOJTにだけ頼っていた教育のあり方を変える必要があります。以心伝心でネタを取ってくるような特殊な取材方法は、OJTでなければ教えられない面が多々あります。しかし、記者会見記事の書き方などは、たとえば動画をみせて記事を書かせて添削するという方法で、ある程度教えられるはずです。このように、現場で教えなくても構わない部分は、外部の教育機関に任せても良いと思います。ただ、今はジャーナリスト教育を担える教育機関が日本にはありませんので、新聞社と教育機関が協力してジャーナリストを育成する環境づくりに取り組む必要があります。 ──環境づくりに足りないものは何ですか。 1つは教科書です。米国には、ジャーナリスト教育用の定番とされる教科書がありますが、日本にはまだありません。もう1つは教え方の確立。ロールプレイングの活用方法など、教える上でのノウハウを構築できていませんので、その研究が必要です。あと1つは、教える人の育成です。素養としては、取材の方法や記事の書き方のノウハウを持っている元記者が教え役に適していますが、記者としてはプロでも、教師としてはプロではありません。教え方を学ぶ必要があります。 ──誰でもインターネットで情報発信できる時代です。教育対象は新聞記者以外にも広げる必要がありそうですね。 以前は世の中に影響力のある記事を書くのは新聞社やテレビ局といったプロの記者だけでした。しかし、インターネットが登場して以降、一般市民が書いたブログの記事がSNSで拡散して影響力を発揮することも多々あります。かつて、プロのジャーナリストにだけ問われていたスキルや倫理観を、いまではインターネットで情報発信をする一般の人々も身につけなければならない時代だといえます。そのためにも、ブロガーやネットメディアのライター、プロの記者を目指す人たちを対象に、取材や執筆の基礎スキルを学ぶ機関や仕組みを作らねばなりません。 私自身も今後、ジャーナリスト教育用のワークブックづくりをはじめ、実習の研究と検討に取り組んでいきたいと考えています。 (取材・文:具志堅浩二) --------- 松林薫(まつばやし・かおる)1973年広島市生まれ。京都大学経済学部、同大学院修士課程を修了し、1999年に日本経済新聞社入社。金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当。2014年に退社後、株式会社報道イノベーション研究所設立。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)など。