ベーシックインカムは現代社会のどんな課題を解決できるのか?
イギリスでは、こうした「市民感情」を利用しながら、福祉削減が行われた結果、この数年で2000人以上の人が死に追いやられていたことが明らかになりました(今年8月27日のガーディアン紙記事)。もちろん、現場で働く福祉職員たちは、そうした政府の方針に対して、消耗しながらも、声を挙げ始めています。 オランダ各都市での給付実験に向けた動きの立役者の一人シアー・フイマカーさんは、「現在の福祉制度は、人間不信に基づいた仕組みで、行政関係者は、救いを求めて行政にたどり着いた人たちを、疑いの眼差しで見ざるを得ない状況に追い込まれています。その矛盾は、金融危機以降、どんどん酷くなり、もう沢山だと考える行政官も増えて来ているのです」と、これらの自治体が実験に向けて奔走するにいたった背景を説明しています。
オートメーションのコストを「社会化」
ベーシックインカムを導入すると、どのような効果が期待できるのでしょうか。 まず第一に、オートメーションのコストを社会化するものだと考えることができます。導入されれば、とりあえず生活の保障が、希少な支払い労働によるものから、ベーシックインカムによるものに変更されます。第二に、子育てや介護、地域のための活動など、社会にとって必要だが支払われない労働に従事する時間を、多くの人に与えます。第三に、持続可能な経済活動のかたちを考える時間を人々に、猶予を各国政府に与えるでしょう。(ただしこれら第二、第三のことが、有効な形で行われる保証は、ベーシックインカムという制度には担保されていません。ネオリベラリズムにはなかった可能性が、ベーシックインカム下では生じるというだけです)。第四に、機能不全に陥っている現行の社会保障制度を、ベーシックインカムを中核におく新しい制度によって、立て直すことが可能になります。
日本でも共有する現代社会の課題
上記の4つの問題は、フィランドやオランダだけではなく、日本も共有している問題です。現行の社会保障制度の機能不全は、日本の場合、金融危機以前から深く進行しており、深刻といえます。1990年代後半の時点で、生活保護の基準以下で生活している人のうち、実際に受給している人の割合は2割前後でした。その割合は、その後も悪化する一方です。同時代にイギリスでは9割近かったことと比べると、その数字の意味を理解していただけるのではないかと思います。 もちろん、フィンランドと日本の間には、大きな違いもあります。フィンランドでは、ベーシックインカムの給付実験を掲げる政党が現に選挙で勝利していますが、日本では、そのような状況にありません。導入の実現性について、政治的可能性と制度的可能性に分けて考えれば、前者の政治的可能性については、フィンランドと日本の間に大きな距離があるといえるでしょう。とはいえ、後者の制度的可能性については、フィンランドと日本の間にそれほど、大きな違いはないのではないでしょうか。 オートメーション、アンペイドワーク、ネオリベラリズム、福祉の機能不全。日本でも共有するこれらの問題をどう解決していくか、考える動きが広まることが望まれます。
■山森亮(やまもり・とおる) ベーシックインカム世界ネットワーク理事。同志社大学教授。『ベーシックインカム入門』(光文社新書)、『貧困を救うのは、社会保障改革か、ベーシックインカムか』(共著、人文書院)、『Basic Income in Japan』(共編、Palgrave Macmillan)他