【ホープフルS】デビュー2戦目でG1挑戦 アマキヒの素質に国枝師が見据える悲願のダービー制覇
伯楽は千里先を見通すという。新馬勝ちしたばかりのアマキヒをホープフルSにぶつける国枝師。厩舎の2歳G1完全制覇が懸かる大一番の千里先に見えるのは悲願の春のタイトルか。 「4コーナーを回っても勝つか負けるか分からないのに、千里先なんて見えるわけない。みんな好き勝手なことを言うよな。千里眼どころか半里(2000メートル)先も見えないのが競馬」と国枝伯楽は笑うが、半里のホープフルSの5カ月先に待つ3歳世代の頂点を目指しているのは確か。半世紀以上前に伯楽が馬の世界に飛び込むきっかけをつくったダービー。「そういう可能性を持った馬だとは思うよね。今回は新馬からいきなりG1。その前に1戦使って…とも考えたが、直行しても能力は足りるかなと」 伯楽の前で非凡さを示したのがデビュー戦。道中は物見しながらフワフワ逃げ、直線で後方から強襲してきた2着馬(ロジャリーマイン)にかわされると、ハミを取って差し返した。頭差の着差以上に強い勝ちっぷり。その2着馬が2戦目で楽勝したとあって周囲の評価はさらに高まった。「(鞍上の)C・デムーロが最後に奮い立たせたが、それに応えられたのは余力があったから。相手と併せ馬になってから少し本気を出したよね。調教もそうだが、相手に合わせて走るところがある。G1でも強い相手に合わせる走りができればと思う」 馬には乗ってみよ、人には添うてみよという。伯楽も自ら調教に騎乗して感触をつかんでいる。「ダクだけだが、私が乗ってもいい背中だと感じる」。そんな逸材とはいえ、キャリアわずか1戦のいわば「青二才」。経験不足は否めない。「当然、課題はいくつもあるが、一番のポイントはどこまで切れる脚を使えるか。いろいろな競馬をしなければ分からない。初戦は先手を取ったが、理想は好位につけて、しまい脚を使って勝負根性を見せることだろうね。たとえば…」。伯楽は勝負根性の塊だった母の名を口にした。 子は親を映す鏡という。反対に親に似ぬ子は鬼っ子ともいう。アパパネの7番子であるアマキヒは果たして母親の鏡なのか、それとも鬼っ子なのか。国枝師は「アパパネはコロッとした体形で、ピッチ走法だったけど、こちらは長い距離向きの伸びやかな体形で、ストライドが大きい。2000メートルは必要。2400メートルがちょうどいいかな」と語る。体形、走法は母親に似ぬ鬼っ子。タケノコの親勝りとまでは言わないが、母親勝りの2400メートル適性がダービー制覇の夢を広げる。 鬼っ子ぶりと対照的に気性は母親を映す鏡だ。伯楽は趣味のゴルフになぞらえて説明する。「ゴルフ練習場では満足度の高いスイングができても、コースに行くとソワソワしてスイングがバラバラになっちゃうことがあるんだ。ゲートに入った途端にソワソワしだす馬に文句は言えないよね。でも、アマキヒは今のところ大丈夫。アパパネみたいに肝が据わっているというか、オドオドしたところがない。ゴルフでも競馬でも本番でテンパらないことがとても重要」。大舞台で物を言うのは、肝っ玉母さんを映す鏡のようなタフな気性である。 賢弟愚兄という。JRAで漏れなく勝ち上がった6頭の兄姉に失礼かもしれないが、アマキヒは兄姉以上に評価されている。国枝師自ら管理した3頭の兄姉を引き合いに出して、こう続ける。「モクレレは気性が難しくて伸び悩んだが、アカイトリノムスメは秋華賞を勝ってくれた。バードウォッチャーも復活の兆しを見せている。しかし、アマキヒは兄姉と比べてもトータルでいい馬だと思う」。母親を映す鏡のような気性と鬼っ子のような体形、走法が兄に成し遂げられなかったタイトルをもたらす。 センダンは双葉より芳しという。大成する人は幼少時から並外れた素質を見せるとの意味。だが、国枝師はそんなことわざを笑い飛ばす。「世の中に神童なんていないように最初から凄い馬もまずいない。大きいレースを勝ってから、生まれながらにして名馬だったなんて大口を叩くんだ。“勝てば官軍”だよな」と、辛口でことわざ返しをする伯楽。「最初は問題があったとしても、だんだん目覚めて、競馬を使っていくうちにビックリするほど変わる。そういう馬じゃなきゃ大成しない。アパパネもデビュー前は目立つ動きをしていなかった。夏の新馬で3着の後、放牧に出して戻ってきたらグンと変わって、こりゃ凄いなと。アーモンドアイも競馬のたびにこんなこともこなせるのかと驚かされた」。アマキヒも変わってきたのか。「新馬を使った後、心身共にピリッとしてきた。まだまだ成長途上ではあるが、筋が通ったかなと」 You are what you eat。心身の成長は食事で決まるという意味の英国の格言である。「アパパネはカイバをよく食べたけど、アマキヒもしっかり食べる。メンタルが強いからだろうね」。母親の映し鏡のように馬房でカイバを平らげる姿が頼もしい。医食同源。食欲の秋が過ぎても落ちない食が母親譲りの成長力の源泉だろう。 成長を遂げたアパパネの7番子に待っているのは…。伯楽は5カ月先の悲願のタイトルを見据えている。 ◇国枝 栄(くにえだ・さかえ)1955年(昭30)4月14日生まれ、岐阜県北方町出身の69歳。東京農工大獣医学科卒後、美浦・山崎彰義厩舎の調教助手を経て89年、調教師免許取得、90年開業。99年スプリンターズS(ブラックホーク)でG1初制覇。10年アパパネ、18年アーモンドアイで牝馬3冠達成。現役最多のJRA通算1090勝。同重賞69勝、G122勝。 【取材後記】ダービーの馬主になるのは一国の宰相になるより難しい…と言ったのは英国のチャーチル元首相だったか。伯楽もダービーの難しさは痛感している。「3歳春という時期が難しいよね。デビューの早い馬でも新馬からダービーまで1年足らず。無理にダービーを目指せばそこで終わっちゃう危険もあるから」。ダービーは9頭送り出して18年コズミックフォースの3着がここまでの最高着順だ。 「でも、ダービーは勝ちたい。最後の年だからみんなに遠慮してもらってね(笑い)」。初めてダービーに接したのは高校に入学した71年。ヒカルイマイの優勝をテレビ観戦して、競馬に夢中になった。「ホースマンの夢だよね。夢を勝手に託された馬にしてみれば迷惑な話かもしれないけどね」と笑う。伯楽最後のダービー挑戦へ、アマキヒがここでどんな走りを見せるか。 (梅崎 晴光)