アイルランドで続いた死傷事件 欧米右派が「イスラムのテロ」と煽る
難民申請者への中傷は無縁だったが
他のヨーロッパ諸国同様、アイルランドも難民申請者の受け入れを行っているが、ドイツやフランスといった国々と比べると、その数は圧倒的に少ない。欧州連合(EU)統計局のデータによると、2016年には2245人がアイルランドで難民申請を行ったが、この数字は前年度比で30パーセント以上の減少となる。2016年の難民申請を国別で見ると、シリア出身者が最も多く、全体の約1割を占めていたが、上位5か国にはアルバニアやジンバブエ、ナイジェリアといった国が入っており、「難民申請者イコール中東のイスラム教徒」という図式が当てはまらないことは明白だ。 また、アイルランドでは90年代からイスラム教徒の人口が増え始めたが、数年前までは反イスラム運動などが大々的に行われることはなかった。アイルランドで2016年に行われた国勢調査では、約6万3000人のイスラム教徒がアイルランドに住んでいることが判明し、イスラム教はカトリック教会、アイルランド聖公会に次いで、アイルランドで3番目に信者数の多い宗教となっている。 アイルランドといえばカトリックというイメージが強く、実際に約470万の人口のうち、370万人以上がカトリック教徒である(2016年度国勢調査結果)。1991年の国勢調査ではアイルランドに住むイスラム教徒はわずか3800人ほどであったが、90年代に入って世界各地で相次いだ紛争の影響もあり(ボスニアや、コソボ、ソマリアなど)、難民としてアイルランドにやってくる人が急増した。アイルランドでは難民申請者に対する中傷や暴力などはほぼ存在しなかったが、西ヨーロッパに大量の難民が押し寄せた2014年ごろから、難民申請者に対する国内の空気が変化を見せ始めた。
地元当局はテロとの関連を否定
ドイツのドレスデンで2014年に誕生した極右政治団体「ペギーダ」の関係者は2016年1月、アイルランド支部の設立に向けて行動を開始すると発表したが、設立計画は失敗に終わっている。しかし、トランプ米大統領が動画をリツイートしたことで物議を醸したイギリスの極右政党「ブリテン・ファースト」の幹部らはアイルランドを頻繁に訪れており、アイルランドでの集会でイスラム教徒を標的にした差別的な言動で起訴された者もいる。 アイルランド国民の多数がイスラム教徒を含む難民申請者の入国に理解を示している一方、イギリスやヨーロッパ大陸で積極的な活動を行なう「ネオ・ファシスト」と呼ばれる極右思想に賛同する者が増え始めている現状も存在する。ダンドークで発生した事件の直後には、捜査当局がテロとの関連性を示す証拠はないとの公式見解を示したにもかかわらず、海外の右派メディアや極右政党が記事やツイートで「イスラム教過激派によって引き起こされたテロ事件」と刺殺事件について発信している。 前述のブリテン・ファーストは、ダンドーク刺殺事件の容疑者が裁判所に入廷する直前に、建物の前に集まった地元住民とみられる一部の人たちからイスラム教を侮辱する差別的な言葉を投げつけられる様子を撮影した動画をSNSで拡散。「アイルランド人はこのようにジハードに関わった者に対応します」との一文が書かれた動画は、これまでの視聴回数が9万回を突破した。 アメリカの右派メディアもダンドーク事件に反応。スティーブ・バノン氏が会長を務めていたことでも知られるブライトバートは数回にわたって報じ、陰謀論に関する記事でオルタナ右翼から支持を集めるインフォウォーは「テロ攻撃の可能性が高い」と伝えた。 難民申請者に対する風当たりがこの数年で強まりを見せているアイルランドで発生したダンドークの刺殺事件。海外の右派政党や右派メディアが「イスラム教徒のテロ」という、アイルランド当局の公式見解とは異なる情報をネット上で拡散することによって、アイルランド国内のイスラム教徒に対するヘイトクライムが助長される可能性が懸念されている。
------------------------------ ■仲野博文(なかの・ひろふみ) ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う。ウェブサイト