『冬ソナ』放送から20年、ペ・ヨンジュン来日時の大フィーバーを振り返る。「ヨン様」名付け親が初めて明かす<秘話>とは
2003年、「冬のソナタ」がNHKで放送されると同ドラマは日本で大ブームを起こしました。そのため2023年は“韓流上陸20周年”とも言われます。ブームはその後、ドラマからK-POPへと波及。日本はもちろん世界を席巻するコンテンツへと大きく飛躍していきました。一方、ブームが巻き起こる直前、一早くメディアで取り上げたのが「もっと知りたい!韓国TVドラマ」編集長・丸山幸子さんで、ペ・ヨンジュンを「ヨン様」と名付けたその人です。今回は、初めての韓流ブームの裏で起きていた丸山さんが知る”秘話”をご紹介します。 【書影】丸山さんの新刊『「ヨン様」の名付け親が初めて語る韓流秘話 韓流前夜』 * * * * * * * ◆「ヨン様」来日への期待が最高潮に 2003年にNHKにて放送が始まった「冬のソナタ」の大ブレークのあと、満を持してペ・ヨンジュンが来日したのは、最初の放送から1年後の2004年4月3日。羽田空港に五千人のファンが詰め掛け、リニューアル前の狭い羽田空港の国際線ターミナルは道路までファンが埋め尽くし大パニックになった。 羽田空港にこれだけのファンが詰め掛けたのは史上初。それ以降、韓流トップスターの入国は、警備や動線を確保しやすい成田空港にするよう当局から指示があったといわれている。 ペ・ヨンジュンの来日までに、NHKが「冬のソナタ」を放送したのは、まずはBSで2003年4月3日から9月4日に1回目。その後、1回目の放送を見逃した人も含め再放送の要望が高まり、同じくBSで同年12 月に2回目の計2回。それでも視聴者の要望が収まらず、NHKは2004年4月から地上波での放送を決める。 たった2回の放送でも、どんどん「冬のソナタ」のファンは増え続け、「ヨン様をひと目見たい!」という熱いファンの来日への期待も最高潮になっていた。
◆取材要望になかなか応えてくれなかったペ・ヨンジュン 地上波の放送が決まったとき、NHKの広報担当の方が私に「地上波での放送は、BSでの放送とはまったく違うレベルですよ。とんでもない数の人が見ることになるから」と教えてくれた。 1冊目を2003年8月に発行して、2004年2月の2冊目発行までに、韓国の協力者を通じて私もペ・ヨンジュンに何度もインタビューの依頼をした。おそらくNHKも、考えられないほどの熱い反響があったので、来日や取材のオファーを何度もしたと思う。 しかしペ・ヨンジュンはなかなか要望に応えてはくれなかった。 取材依頼のためにずっとペ・ヨンジュン側と接触をしてくれていたミュージックライフの韓編集長が当時話していたのは、本人は日本の反響は聞いていて、どのタイミングでどのように表に出るか考えているようだ、といったことだった。 初来日の4カ月ほど前の2003年11月30日にソウルのウォーカーヒルホテルで初の日本人向けファンミーティングを行ったのも、日本の反響はどの程度のものなのか、自身で確認したかったからではないか、とも聞いた。