朝鮮戦争、ソウルが3日で陥落の教訓 防衛産業強化に走る韓国の切迫感
在韓米軍が撤退しても自力で守る
朝鮮戦争は、外国との関係において防衛装備をツールとして位置づける契機にもなりました。その1つは、米国との関係です。朝鮮戦争の停戦後、韓国は米国と53年に米韓相互防衛条約を結び、米韓同盟の下で在韓米軍が駐留することになりました。これは韓国の安全保障環境を改善する動きですが、同時に、在韓米軍の縮小や撤退への不安を生むことになりました。 その不安が現実となりかねなかった典型例は、ジミー・カーター氏が76年、大統領選のキャンペーンにおいて撤退方針を示したことです。同氏が大統領に就任した後も撤退が実現することはありませんでしたが、米国は91年には、在韓米軍基地から戦術核兵器を撤去。2020年には龍山基地の一部を返還しています。 米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏がこれまで、在韓米軍撤退に触れていますね。 伊藤氏:在韓米軍の縮小が続いたり、撤退したりすることがあれば、北朝鮮に対する抑止力が低下することになります。韓国はこうした事態に備えるためにも、自国の防衛産業の能力を高め、防衛力を強化する必要を感じているのです。 外国との関係は米国だけではありません。朝鮮戦争に国連軍が参加したことで、韓国は国家存続の危機を切り抜けることができました。それゆえ、軍事力や防衛装備によって国際社会に「恩を返す」「貢献する」という考えを持つようになったのです。国際社会から受けた恩を忘れることなく、これからは韓国が支援を与える国になる――。この意識が海外派兵や、防衛装備の積極的な輸出につながっています。 ●ドローン探知機能を戦車に即座にアドオン 自国を守るには本格的な防衛装備が必要。しかも、自国で開発・製造できないと米国の政策の変化に翻弄される。他方、自国で開発・製造できれば、輸出することで他国の平和維持に貢献できる。こういう思考が根底にあるのですね。自衛隊による国連平和維持活動(PKO)参加、防衛装備の海外移転に反対の声が上がってきた日本とは大きく異なります。 韓国防衛産業が強い輸出競争力を持つ理由として、伊藤さんは(1)柔軟な対応と(2)「オールコリア」の体制に注目しています。 伊藤氏:柔軟な対応というのは、買い手の要望に沿うということです。先ほど言及した、ポーランド向けのK-2戦車について、開発元の現代ロテムは、ポーランドの求めに応じて、自爆もしくは偵察ドローン(無人機)を探知するための電子光学装置や赤外線センサーを追加装備しました。 ウクライナ戦争では、ドローンが大きな役割を果たしています。ポーランドはこの動向を重視したのですね。 伊藤氏:新たな装備により、K-2戦車は周囲360度を監視できるようになりました。 現代ロテムに限らず韓国企業は、設計段階から、こうした将来の拡張ニーズを念頭に置いています。 また、ポーランドとのこの契約においてハンファシステムは、ポーランドの要望に応じて、K-9自走りゅう弾砲の機動部分のみも販売しています。ポーランドの防衛企業が、これに英国製の砲塔を据え付けてウクライナに供与しました。 ●軍も政府系銀行も商談を支援 柔軟な対応は、防衛装備のカスタマイズだけではありません。ポーランドとの契約に当たって韓国は、韓国輸出入銀行による融資もアレンジしました。ロシアによるウクライナ侵攻は当初、多くの専門家が想定外としていました。ポーランドとしても急きょ、防衛力を拡充する必要に迫られたわけです。事前に資金を手当てしていたわけではありません。そこで韓国は、資金についても柔軟に便宜を図ったのです。 しかも、同行の運用を定める法律まで改定して対応しました。この契約は、同行が融資できる最高額を超えていたからです。 この韓国輸出入銀行の活用に見るように、韓国は防衛産業だけでなくオールコリアで輸出案件に臨み体制を整えます。 柔軟な対応を取る基盤としてオールコリアの体制があるのですね。 伊藤氏:その通りです。他の例も紹介しましょう。 例えば韓国は01年、ドイツとの競合を制して、トルコにK-9自走りゅう弾砲を販売しました。韓国メディア、世界日報の報道によると、勝因の1つは、トルコ駐在武官であったコ・ヒョンス大佐(当時)の活躍だったといいます。同氏はトルコの大学に留学している間に軍人間のネットワークを拡大。それを生かして、留学後、そのまま駐在武官となり、契約獲得に貢献しました。 さらに韓国は23年、オーストラリアに次期歩兵戦闘車を売却する契約を獲得しました。これは韓国軍が保有していない装備です。けれども、商談の過程で、軍が試験運用に協力し実用性を示したことで、オーストラリア軍の信頼を勝ち取り受注に至りました。 K-9自走りゅう弾砲を導入したエストニアに対しては、同国の兵士に操作技術を教育するため、彼らを韓国に招き、軍が教育プログラムを提供しています。 (後編「防衛装備、オールコリアの販売体制 原発を餌に売り込む」に続く)
森 永輔