観測史上最遠のIa型超新星「SN 2023adsy」が標準光源の性質を持つと判明
■Ia型超新星は遠方の宇宙でも標準光源か?
ただし、Ia型超新星がどんな距離でも標準光源として成立するかどうかは議論もありました。 これまでの観測により、確実にIa型超新星であることが確定している天体が見つかっている範囲は約152億光年まで(赤方偏移z≈1.6、今から約98億年前まで)の距離でした。これより遠いIa型超新星として、最大で約183億光年(赤方偏移z=2.22、今から約108億年前の宇宙に存在)までの距離のものが7個観測されていますが、これらはより近い距離のものとは単純にデータを比較できないため(※3)、標準光源であるかどうかが確定していません。 ※3…重力レンズ効果を受けて明るさが変わっているものが2個、スペクトルデータが得られずIa型超新星であると推定するに留まるものが3個、きちんとした距離測定の分析がされていないものが2個あります。 観測上の大きな問題は、遠い宇宙にあるIa型超新星の光は宇宙の膨張と共に光の波長が引き延ばされる赤方偏移の影響を受けることです。「ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)」をはじめとしたいくつかの高性能な望遠鏡でも、遠方のIa型超新星からの赤方偏移した光の波長には対応していないか、その波長では感度が悪いという問題がありました。 さらに、宇宙の加速膨張の原因となる「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」の影響が、Ia型超新星からの光に影響を与えている可能性も示唆されていました。この場合、Ia型超新星の見た目の明るさから推定された距離と、実際の距離にズレが生じることになります。これまでの観測結果からすると、約173億光年(赤方偏移z=2、今から約105億年前)以内の距離において暗黒エネルギーはIa型超新星の光にほとんど影響を与えていないことが示されていますが、それ以上遠い距離でも影響がないかどうかを知るにはデータが不足していました。
■観測史上最遠のIa型超新星「SN 2023adsy」も標準光源としての性質を持つと判明!
Pierel氏を筆頭著者とする国際研究チームは、ウェッブ宇宙望遠鏡による新たなIa型超新星の発見と分析を行いました。先述の通り、これまでの観測体制には限界があったため、ウェッブ宇宙望遠鏡は未知の領域に切りこむことが期待されていました。 今回の研究では、「JADES-GS+53.13485-27.82088」という銀河の中で発見された超新星「SN 2023adsy」が詳細に分析されました。これはウェッブ宇宙望遠鏡の2つの観測プログラム「JADES(Advanced Deep Extragalactic Survey)」と「DDT(Director’s Discretionary Time)」によって観測データが取得されました。 Pierel氏らの分析によって、SN 2023adsyの光はz=2.903±0.007という非常に大きな赤方偏移を受けているにも関わらず、Ia型超新星に一致する明るさとスペクトルを示していることが分かりました。この赤方偏移の値は、地球から約209億光年の距離、今から約115億年前の宇宙の時代に相当します。このことから、SN 2023adsyは観測史上最も遠いIa型超新星であり、これほど遠方の宇宙でもIa型超新星は標準光源としての性質を失っていないことが分かりました。同時に、赤方偏移が2を超えるものとしては初めて分光観測された(きちんとしたスペクトルデータが得られた)Ia型超新星になったとPierel氏らは主張しています。 一方で、SN 2023adsyには特異な性質が2つあります。まず、SN 2023adsyの光は赤方偏移していることを考慮しても赤っぽいことです。Pierel氏らは、銀河の中に含まれる塵の影響などといった他の原因によるものではなく、実際にSN 2023adsyが赤い光を発しているためだと推定しています。また、爆発時の膨張速度は一般的なIa型超新星と比べて高速な約1万9000km/sとされていますが、その理由はよくわかっていません。 こうしたSN 2023adsyの特異な性質はたまたまなのか、それとも遠い宇宙では一般的な性質なのかは判明していません。Pierel氏らは今後2年間でSN 2023adsyのような遠方のIa型超新星が10個以上見つかると期待しており、これらの性質を比較することで遠方のIa型超新星についてより多くのことが分かるのではないかと期待しています。 Source J. D. R. Pierel, et al. “Discovery of An Apparent Red, High-Velocity Type Ia Supernova at z = 2.9 with JWST”. (arXiv) Tomasz Nowakowski. “New Type Ia supernova discovered”. (Phys.org)
彩恵りり / sorae編集部